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2011.01.10

おみねに似たおんな(8)

長谷川さまのお言いつけどおりにいたしました」
朝晩がしのぎやすくなった1ヶ月半後、〔染翰堂(せんかんどう)・吉沢〕の店主・惣兵衛(そうべえ 48歳)が〔三文(さんもん)茶亭〕で平蔵(へいぞう 35歳)へ告げた。

「けっこうだ」
そう返事をしておいたが、染翰堂が400両(6400万円)近い現金を預けたことは、預かった南伝馬町2丁目の両替為替商〔門屋(かどや)〕の主(あるじ)・喜兵衛(59歳)が報らせてくれている。

一番番頭だった富造(71歳)は、老齢を理由に引退していた。
平蔵は5年前、〔蓑火(みのひ)〕一統がらみの仕事(つとめ)を未然にふせぎ、その謝礼代わりに、番頭の富造から為替や両替の知識の薫陶をうけた。

(惣兵衛という男には食えない一面があるが、商人がつねに真っ正直とはかぎるまい。ただ、善太(ぜんた 10歳)がそこのところを身につけないように松蔵(まつぞう 29歳)にしっかりいいつけておかないと---)

「手前の店が端渓(たんけい)硯や歙州(きゅうじゅう)硯を買いあさりましたので、巷の値段が5割方ほど上がりました」
「すると、〔染翰堂〕どのは600両(9600万円)ほども買いこんだわけだから、まるまる300両(4800万円)、濡れ手に粟としいうことになる---」
「とんでもございません」

打ち消してから、惣兵衛ははっと気づき、
「売り値は、気配でございまして、そのとおりには売れません」

「なるほど、商売というのは、そういうものであろうのう」

いちおう、賛成しておき、雇人のなかに、無謀な主(あるじ)に愛想をつかし、辞めたいと申しでた者はいなかったかと訊いた。
「愛想づかしではございませんが、女中のお千世(ちよ 19歳)に嫁ばなしがあるので、暇をとらしてほしいといっておりますが、手代で跡継ぎの与兵衛が、奥の女中でなく、表へだせば看板むすめになると、引きとめにかかっております」
「看板むすめになるほどのいいおんななら、いちど、拝顔してみたいものだ」
「では、このまま、ご案内いたしましょう」


「お初にお目もじいします。お千世と申します」
(やっぱり、おみねの面影がうかがえる)
しかし、平蔵はそ知らぬ顔で、
長谷川です」
惣兵衛に、
「なるほど、看板むすめにふさわしい女性(にょしょう)なれど、暇をとりになりたいのであれば、〔染翰堂〕どのも、あきらめるしかあるまいな。あきらめることだ」
終わりのせりふは、どちらにいうともなくつぶやいた。

おどろいたことに、惣兵衛より先に千世がうなずいた。

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コメント

感服です。
みごとな解決。

投稿: 文くばりの丈太 | 2011.01.11 06:05

>文くばりの丈太 さん
この解決篇には苦心しました。
おみねは、聖典まで生きていないとていけません。
もちろん、法楽寺の直右衛門も嘉平もそうです。
として、法楽寺を納得させながら事態の終結をする必要があります。
このブログの難しいところです。
お認めいただき、うれしくなりまくした。

投稿: ちゅうすけ | 2011.01.11 10:31

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