おみねに似たおんな(7)
「月末の支払い分もいれて---」
墨・筆・硯問屋〔染翰堂(せんかんどう)〕の主(あるじ)・惣兵衛(そうべえ 48歳)は、口ごもり、周囲を見まわした。
さいわい、渡り舟は、石原側へ向かったばかりで、客は反対側に人気いたきりであった。
それでも、平蔵の耳に口を寄せ、ささやきほどの小声で、
「730両(11,680万円)。うち、53両(848万円)は節季の支払い分で---」
支払い分は1ヶ月の商(あきな)いか? との問いかけには、
「どんでもございません、3ヶ月分でございます」
荒利を3割5分とみると、1ヶ月ざっと24両(380万円ちょっと)の商売---8両2分(136万円)の荒利。
問屋十組費やら人手代、退き金(退職金)を引き、ほかのなんやかやを落としても、5両(80万円)近くは入っていよう。
(十露盤部門も置いている墨・筆・硯問屋〔染翰堂()〕)
「使用人の数は---?」
「番頭1人、手代1人、 子ども(小僧)が2人に女中1人、下女が1人----嫁にだしたむすめが1人」
「家の者は---?」
「母親と女房、男の子は手代と小僧をさせております。小僧をさせているのを、こんど、手代にさせます」
「番頭は通いか?」
「はい」
「手代の嫡男の齢は?」
「23歳に育ちました」
「嫁ばなしは?」
「当人が、まだまだ---と申しておりますので---」
「ふむ。どこに寝ている?」
「2階の裏手の部屋に---」
「一人で---?」
「女中は?」
「2階の表の、商品置き場兼用の部屋です」
平蔵が提案した。
これから2ヶ月のあいだに、端渓(たんけい)硯や歙州(きゅうじゅう)硯などを600万円ほど買いこむことばできないか。
いや、買いこむということを店の者へ告げる。
じっさいに買った値段は倍近くにいいふらす。
浮いた現金は、信用のおける両替屋とか、駿河町の三井呉服店あたりに預けておいたらどうだろう。
「信用できる両替商といいますと---?」
「南伝馬町2丁目の両替為替商〔門屋(かどや)〕喜兵衛方なら引きあわせられる」
【参照】2010年4月26日[〔蓑火(みのひ)〕のお頭] (9) (10) (11) (12) (13) (14) (15) (16)
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コメント
3月分の支払が53両とは、浅草の場末にしては、けっこうな商売をしています。盗賊が目をつけるわけです。
しかし、その目をどうそらすか。平蔵どのの腕のまくりどころ。
投稿: 文くばりの丈太 | 2011.01.09 05:29