〔蓑火(みのひ)〕のお頭(11)
「とりわけの用があったわけではないのです。近くまできたので、万吉、啓太の両人を借りたお礼をいいたくて---」
元締・〔音羽(おとわ)〕の重右衛門(じゅうえもん 49歳)は笑い、
「長谷川さま。ご用もねえのにお訪ねいただける間柄になっていることのほうが、嬉しゅうございやす」
万吉(まんきち 24歳)と啓太(けいた 22歳)は、京・祇園の元締・〔左阿弥(さあみ)〕の円造(えんぞう 60すぎ)のところの若い衆だが、在京時代の平蔵が、〔貞妙尼(ていみょうに)を殺害した僧たちを割りだすための密偵として使った。
ほとぼりを冷ますために、江戸の〔音羽〕の元締のところへ隠れさせた。
【参照】[銕三郎、膺懲(ようちょう)す] (1) (2) (3) (4) (5) (6) (7)
、
「昼餉(ひるげ)には、ちと、早うござんすが、軽く---」
案内にたち、母親・おくらがやっている音羽8丁目の表通りに面した料理屋〔吉田屋〕へ、裏から入っていった。
それだけ親しみをあらわしたつもりであろう。
おっかけるようにあらわれて座についた内儀・お多美(たみ 33歳)に、お勝(かつ 34歳)への気づかいを謝した。
「とんでもおへん。ほんまぁのお化粧指南の技を若い娘(こ)ぅたちに仕込んでやってもろて、こっちぃこそ、おおきにおもうてますねん」
重右衛門が訊いた。
「長谷川さま。万吉どんと啓太どんでお手が足りてやすか? 足りなかったら、遠慮なさらないで、いいつけておくんせえ」
「手はいまのところ足りています。が、元締。〔蓑火(みのひ)〕という盗賊(つとめにん)のお頭のことを耳になされたことはありませぬか?」
「盗賊のお頭で、〔蓑火〕? いっこうに---」
「それならよろしいのですが---」
「それよりも、先日、似顔絵を50枚ばかりいただき、シマ内の仮店に配りやした〔荒神(こうじん)〕の助太郎(すけたろう 55がらみ)とお賀茂(かも 35歳前後)を見かけたという報(し)らせは、まだとどいておりやせん」
お賀茂(かも 36歳)の人相書はお勝(かつ 34歳)とお乃舞(のぶ 15歳)の証言で、助太郎のは松造(まつぞう 24歳)と宇都宮から上布させた近所の者の記憶により、〔耳より〕の紋次(もんじ 32歳)が懇意にしている町絵師・長谷川伯斉(はくさい 56歳)が描いた。
それを木版に彫り、刷ったものを元締たちに50枚ずつわたし、それぞれのシマ内の店に配ったのが7日前であった。
「長谷川さま。北千住は〔花又(はなまた)〕の茂三(しげぞう)元締がこころがけておりやす。しかし、東海道の第一の品川宿、中山道の同じく板橋宿、それに甲州路の新宿の元締衆にも手伝ってもらってはいかがでやしょう。手くばりはあっしがいたしやすが---」
平蔵に否やはなかった。
「その3宿の元締衆が、もし、〔化粧(けわい)読みうり〕をやりたといったら、これまでの元締衆への仲もよしなに---」
〔音羽〕の元締は、自分の顔が売れることゆえ、二つ返事で了解した。、
【参照】2010年4月26日~[〔蓑火(みのひ)のお頭] (9) (10) (12) (13) (14) (15) (16)
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コメント
本格的に、蓑火と対決ですか?
投稿: tomo | 2010.04.28 11:13
蓑火と本格的に対決してはなりませぬ。
投稿: tomo | 2010.04.28 11:14
>tomo さん
2つもコメントをいただいていたのに、マンションの理事長をおしつけられてドダバタで、レスが遅れて申しわけありませんでした。
池波さんといつしょで、史実があるものはそれにしたがっていますが、そうでないものは、成り行きまかせなんです。〔蓑火〕とのこともどうなりますか、ぼくにもわかりませんが、ご忠告は胸にたたみこんでおきます。ありがとうございました。
投稿: ちゅうすけ | 2010.04.28 17:38