〔風速(かざはや)〕の権七の口入れ稼業(3)
「長谷川さま。今助どんが、身元請け料と称して、4両2分をとどけてよこしました」
〔風速(かざはや)〕の権七(ごんしち )が、銕三郎(てつさぶろう 24歳)の前に、小判4枚と2朱銀を8枚並べた。
「長谷川さまのお口ききでやったまででやすから、お好きなだけ、お取りくだせえ」
4両2分は、72万円前後に相当する。
「浅田うじの身元を引き請けただけで? どういう計算になっているのかな?」
権七は、〔木賊(とくさ)〕一家の小頭・今助(いますけ)が述べた口上をくりかえした。
田原町(たわらまち)1丁目の質商〔鳩屋〕の用心棒に雇われた浪人・浅田剛二郎(ごうじろう 31歳)の月の手当てが、三食と晩酌1合つきで1両2分(22万円)、その3ヶ月分と。
「ふむ。とすると、今助は、〔鳩屋〕に半年分を引きあわせ料としてふっかけたな」
「そんなに払えるものでやんすかね?」
「盗賊に押しはいられて、金蔵を空にされたら、そんなはした金ではすむまい」
「証文1枚で、4両2分もはいるんでは、こんな安居酒屋や箱根の雲助なぞ、馬鹿らしくてやってられません」
「まあ、正業とはいいがたい」
「長谷川さま。額に汗しないで手にできたお宝です。ほしいだけ、もっていってくだせえ」
「いや。こう見えても、お上から扶持をいただいている家の嫡子だから、そういう金子をもらうわけにはいかない。権七どのが、好きに使っていい」
「さいで---。なんだか、うす気味がわりい」
「尻馬にのるようで申しわけないが、左馬(さま 岸井左馬之助 24歳)さんには、2分(約8万円)やってくれまいか?」
「そんな。2分なんていわないで、1両(約16万円)にしやしょうや」
権七は1両を銕三郎へわたし、残りをつつんで、板場の竈の上に祀ってある荒神さんの神棚へのせた。
「今助どんは、もう2,3軒、こころあたりがあるから、その節は、またたのむと言ってやした」
「浅田うじほどの剣の腕のたつご仁が、そうそう、見つかるとはおもえないが---」
(今助は、甘い汁が吸える脇の仕事を見つけたな。あの男の才気と口先をもってすれば、浅草・今戸かいわいの大店(おおだな)に月に一人ずつの用心棒を送りこむくらい、なんでもなかろう。そのたびに、権七のふところにも4両8朱がころがりこむとなると、権七・須賀(すが) 31歳夫婦にも、ようやく、陽がさしてきたというものだ。お島(しま 2歳)坊にも晴れ着があてがえる)
お島は、権七夫婦のむすめで、銕三郎が名づけ親である。
一刀流杉浦派の剣をつかうと告げた浅田浪人の腕はたしかであった。
高杉銀平(ぎんぺい 64歳)師の前でたちあった岸井左馬之助は3本に2本とられた。
井関録之助(ろくのすけ 20歳)は1本もとれなかった。
高杉師は、銕三郎と左馬之助を居室に呼んで、
「浅田うじの一刀流杉浦派の肩にきまる竹刀(しない)さばきの前に面を撃つ手だてを工夫せよ」
と命じた。
師から皆伝を授けられている2人は、かしこまったまま、しばらく顔があげられなかった。
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