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2005.03.19

〔鹿熊(かくま)〕の音蔵

『鬼平犯科帳』文庫巻12に収録の[いろおとこ]で、火盗改メ方の同心・寺田又太郎と女賊おせつを殺害させた盗人の首領。江戸での盗人宿のひとつが品川宿2丁目の質屋・栄左衛門の店。血を見なくてはおさまらない荒っぽい盗みをするが、流れづとめを使わないので火盗改メも手がかりがつかめなかった。
(参照: 女賊おせつの項)

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年齢・容姿:どちらも書かれていない。もっとも、居酒屋〔山市〕の亭主・市兵衛の供述で人相書がつくられたが、その詳細はつたえられていない。
生国:越中(えっちゅう)国新川郡(しんかわごおり)松倉村鹿熊(現・冨山県魚津市鹿熊)。
1005
明治20年ごろの松倉村

探索の発端:探索中に〔鹿熊(かぐま)〕の音蔵に中目黒の雑木林へ誘いこまれて殺害された兄・又太郎の仇をうちたいと、手がかりを求めていた同心・寺田金三郎が、非番の夜、〔五鉄〕で好きでもない酒を飲んでいたので、〔相模〕の彦十が尾行してみると、四ツ目の居酒屋〔山市〕へ入った。
(参照: 〔山市〕の市兵衛の項)
去りかけた金三郎は斬りつけられ、屋内では女の悲鳴が---。彦十が入ってみると、24,5歳の女が胸を一突きされて倒れていた。金三郎が「おせつ!」と呼んだ。
〔山市〕の亭主・市兵衛の自白で、躰の関係ができた金三郎のために、〔鹿熊〕の消息をさぐっていたおせつは、配下の〔松倉〕の清吉に刺された。

結末: 〔鹿熊〕の音蔵ほか8名は、品川の質屋・栄左衛門方を包囲した火盗改メに逮捕されたが、残る一味は逃亡。9名は死罪のはず。

つぶやき:〔鹿熊〕の音蔵の生国については、別に、『堀部安兵衛』執筆のために、池波さんが仔細に取材した新発田市に近い、越後(えちご)国蒲原郡(かんばらごおり)鹿熊(かぐま)村(現・新潟県南蒲原郡下田村鹿熊)の線もないではない。
しかし、女賊おせつが属していた〔舟見(ふなみ)〕の長兵衛が越中国新川郡舟見村の出であること、また、おせつを刺した〔松倉〕の清吉が「鹿熊」をも束ねる「松倉村」の出であることを考慮に入れ、越中説を採った。
(参照: 〔舟見〕の長兵衛の項)

池波さんは〔鹿熊(かぐま)〕と、にごらせてルビをふっているが、魚津市の「鹿熊」も新潟県の「鹿熊」も(かくま)なので、「呼び名(通り名)」もそれにならった。

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117冨山県 」カテゴリの記事

コメント

おせつって女賊、つくづく、男運がよくないんだねえ。

体を合わせたってどうせ女房にはなれない同心・寺田又三郎を喜ばせるために、仕えていた〔舟見〕の長兵衛お頭を裏切って、一味19名を売ったのでしょう。

一味が一網打尽になるとでもおもったのかしらねえ。もし、1人でも2人でも捕縛の網をのがれて逃げていたら、こんどは自分の命があぶないって考えなかったのかしらん。

一味が処刑されたあと、どうやって食っていくつもりだったのかってことも、疑問だわねえ。
口合人のところへ仕事を求めて行っても、捕縛されなかったわけを根掘り葉掘り聞かれるだろうから、とてもウソをとおしきれるものではないし。

伯父の居酒屋〔山市〕を手伝って世過ぎ身過ぎをつづけるつもりだつたのかしらん。

まあ、体の関係がてきてしまうと、おせつのように前後の分別を忘れてしまう女もいるんだよねえ。
あたしは粂さんとそうなっても、大丈夫---でも、まだ、粂八さんが抱いてくれないんだもん。

投稿: 岩井町裏店 おこん | 2005.03.19 08:41

>裏店 おこんさん

おせつについて、伯父の市兵衛がこうっていますね。

「どうにも、その女賊にはなりきれねえところがございました。気質(きだて)がやさしい上、顔もおぼえねえうちに母親を亡くした所為かも知れませぬ。どことなくたよりなげな、ものさびしげなところがございまして、そういうところに、男はひきつけられてしまうようなのでございます」

これって、文庫巻1の第1話[唖の十蔵]のヒロインおふじに似ていますね。
池波さん好みの女性像のひとつなんでしょうね。

ですから、罪はおせつによりも、ひきつけられて、つい躰を合わせてしまう男のほうにあるのかも知れませんよ。

投稿: ちょうすけ | 2005.03.19 09:16

「鹿熊」という地名、実りの季節になると、山から鹿や熊が畑を荒らしに降りてくる、いかにも、山裾って感じですね。

とすると、魚津市内の「鹿熊」より、新潟県の下田村の「鹿熊」のほうがふさわしいように、素人は考えるのですが。

投稿: 目黒の朋子 | 2005.03.19 12:50

>目黒の朋子さん

朋子さんのような見方がふつうでしようね。

盗人の生国の探索の第一歩は、池波さんはその地名をどういう手順で知ったか、を類推するところからはじめます。

手始めは、いつも書いているように、吉田東伍博士『大日本地名辞書』です。これは、明治33年から数年かけて刊行された大著です。これに所載されている地名かどうか、です。
「鹿熊」は、どちらも掲載されていません。

つぎに見るのは、幕府の記録をもとに整理された『旧高旧領取調帳』です。近藤出版社から活字本がでています。
ありがたいことに、若手の学者グループがデータベース化してアップしているので、活用できます。googleで、「旧高旧領」といれて「検索ボタン」を押すと、読むことができます。
これによると、
魚津市に編入された鹿熊--- 482石
" 古鹿熊(ふるかくま)----- 70石
新潟県の鹿熊新田--------- 107石
で、新潟県のほうが貧しげ。

つぎに、角川の『地名大辞典』を見ます。
魚津市の鹿熊--世帯62 人口244 市の南西部とあり、角川沿岸平野部の最奥と。つまり、鹿や熊の害もありえます。
古鹿熊は、世帯0 豪雪地帯で住民が昭和40年に0になったと。
新潟県の鹿熊--袴腰山麓にあり、世帯9 人口17 鹿熊ダム建設予定地。

最後に、配下の生国を調べます。いわゆる、血縁、地縁です。
〔鹿熊〕の音蔵の場合は、これを決め手としました。松倉村古鹿熊、松倉村鹿蔵がそれです。腹心に〔松倉〕の清吉がいました。



投稿: ちゅうすけ | 2005.03.19 13:30

ちゅうすけ先生

盗人の生国を探索なさっていく手順のひとつをご披露していただき、恭悦千万。

このように手をつくして深く深く読まれて、池波先生も歓喜していらっしゃいましょう。

このサイトが今後とも充実しながら、つづいていきますように。

投稿: 文くばり丈太 | 2005.03.19 15:22

ちゅうすけさん。いやー恐れ入りました。奥が深いんですね。鬼平とあわせてこのブログを読むとますますはまりそうです。私の友達にも紹介します。こんごともよろしく。

投稿: 阿武さん | 2005.03.19 15:54

阿武さん

ようこそ、いらっしゃいました。
おほめいただき、恐縮です。

ただ、執筆時の池波さんの頭の中を想像しているだけでして。

今後とも、カミシモ脱いでお付き合いくださいますよう、お願い申しあげます。

投稿: ちゅうすけ | 2005.03.19 16:15

文くばり丈太さん

池波さんは、「余計なお世話、いい加減にしとけ」とおっしゃるかも知れません。

でも、だれかがやらないと。

投稿: ちゅうすけ | 2005.03.19 16:17

盗人の生国に関する探索の手法、興味深く拝見。
生国決定に至るこれほどまでの考察、そして理論整然とまとめるご努力・労力にただ々感嘆しております。
探索日録に採り上げられた、越中を生国とする盗人はもう5~6人になりますか? 池波さんの先祖が越中・井波出身の関係で土地勘があるからですね。
手前も越中出身ゆえ、あ・・・あそこだと昔の地名と現在の地名の関係にも頭がついていく事ができ、懐かしい限りです。
本籍・越中の盗人がまだ々登場するのか楽しみですね。


投稿: 聡庵 | 2005.03.20 10:25

>聡庵さん

見苦しい手の内をお目にかけ、失礼しました。
盗人の生国しらぺは、じつは、各市町村の観光資源にならないか、と、県別にカテゴリー分類をしています。

本文の右側枠の「カテゴリー」の項目がそうです。ブログの「カテゴリー」分類は、日記、スポーツ、映画演劇----といった一般的な分類ですが、ぼくだけ、県別に設定しました。

ですから、聡庵さんのご出身の「冨山県」が生国の盗人は、「カテゴリー」欄の「冨山県」をクリックなさると、まとまって見ることができます。
いま、全体で96人ほど、あと300人は増えましょうから、「冨山県」出身の盗人も、あと3倍は登場するでしよう。楽しみながらお待ちください。

投稿: ちゅうすけ | 2005.03.20 10:51

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