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2005.05.22

〔中尾(なかお)〕の治兵衛

『鬼平犯科帳』文庫巻1に収録されている[浅草・御厩河岸]の主人公は、〔海老坂(えびさか)〕の与兵衛と密偵・豆岩である。
(参照: 〔海老坂〕の与兵衛 の項)
(参照: 〔豆岩〕の岩五郎の項)
豆岩には、中風で寝ついている父親(75,6歳)がい、御厩河岸の居酒屋の住いとは別のところに隠棲しているが、越中(冨山県)伏木生まれのこの父親・卯三郎がかつて配下だったお頭。一味の規模は中の下ほどであったらしい。

201

年齢・容姿:どちらも記されていない。
生国:越中(えっちゅう)国射水郡(いみずこうり)氷見町(現・冨山県氷見市)。
地縁を最優先して考察した。伏木のすぐ北が氷見である。氷見はかつて蝦夷防備のための烽火(のろし)を監視するために火見と書いたと。
『旧高旧領』は甲斐国八代郡、飛騨国吉城郡、上総国望陀郡、武蔵国比企郡などの「中尾」もあげている。

探索の発端:[浅草・御厩河岸]は、〔海老坂〕の与兵衛と密偵・豆岩の物語で、〔中尾〕の治兵衛の探索ものではないから、記されていない。
卯三郎が独立した、との記述があるから、親分子分の縁も早ばやと切れたものと類推する。

結末:記述がない。

つぶやき:ほんの2,3行しか触れられていない〔中尾(なかお)〕の治兵衛を採りあげたのは、盗人仲間の地縁の強さ---というより、池波さんの地縁に対する考え方を見るためである。

この篇は、『オール讀物』1967年12月号に独立短篇として発表され、鬼平シリーズ連載の実現のきっかけとなった。。
この年、池波さんは、同誌へ4篇、寄稿している---というか、大衆小説の檜舞台であるこの雑誌から執筆依頼を受けた、といったほうが正しかろうか。
2月号 [正月四日の客]
4月号 [坊主雨]
9月号 [ごめんよ]
12月号 [浅草・御厩河岸]

[浅草・御厩河岸]を受けとりに行った、当時はまだかけだし編集者だった花田紀凱さんの思い出によると、池波さんが「長谷川平蔵というおもしろい男がいてね。人足寄場なんかを造ってね」とコナをかけたという。
コナをかけた、というのは、その4年ほど前から、長谷川平蔵ものともいえる[江戸怪盗伝][白浪看板]を発表して、長谷川平蔵に意を寄せていることを暗示したが、どの編集部からも名ざしの依頼が来なかったのにシビレをきらした果ての謎かけと見られるからである。

社へ戻った花田編集部員が、杉村友一編集長へ池波さんの言葉を報告するや、ただちに「その、火盗改メの長官・長谷川平蔵もの」での連載が依頼された。
池波さんは、(待ってました)とばかりに、まさに間髪をいれずに、なんと、新年号からの連載を提案したのである。それが[唖の十蔵]。

そして、シリーズ・タイトル案がいろいろ出されたが、最終的に、誰かが4年前に出た岩波新書の長崎奉行所の記録---『犯科帳』をおもいだして提案し、『鬼平犯科帳』と決まった。


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コメント

[お手軽書き込み帳]にも書き込みましたが、シリーズが始まったいきさつ、とても興味ぶかく拝読させていただきました。

いい裏話でした。

投稿: 目黒の朋子 | 2005.05.22 10:37

>目黒の朋子さん

シリーズが始められた経緯には、上に書かなかった推察がもう一つあります。

というのは、[浅草・御厩河岸]が独立短篇として『オール讀物』に寄稿されたのは1967年の12月号ですよね。

シリーズ第1話[唖の十蔵]の掲載号は、その翌月---つまり、1968年新年号でした。
シリーズものの連載は、新聞なら1年前に予告、雑誌連載でも半年後というのが編集常識です。

『オール讀物』の杉村編集長もそのつもりで連載を依頼したとおもいます。

ところが、実際には、独立短篇の[浅草・御厩河岸]掲載の翌月から連載というあわただしさ。
これは、池波さんの側から、「連載は、すぐ始めよう。書くよ」という言葉が出されたとしかかんがえられません。

よほど、書きたかったのでしょう。

この辺りの経緯は、杉村編集長に確認してみたいところです。

投稿: ちゅうすけ | 2005.05.22 11:22

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