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2006.07.09

[大川の隠居]のモデル

『鬼平犯科帳』文庫巻6(第41話)[大川の隠居]を、多くの読み手がシリーズ中のもっとも好きな物語として推す。

池波さんは当初、このシリーズを1,2年で終えるつもりだった。
えんえん164話の読切シリーズ超巨作となったのは、出版社や読者の要請、テレビ側の懇望に応えざるをえなかったからだ。人気作家のつらいところでもある。

あるところで池波さんは、 [大川の隠居]を書いたことでらくになり、あとの物語づくりの筆がすすんだと告白する。
佳篇はユーモラスな味の人情劇。芝居の台本畑出身の池波さんらしい発言……とこれまで思っていた。

ところが、かつて『鬼平犯科帳』史跡さんぽをしていて、作家の告白には別の意味があったことを発見した。

その前に、 [大川の隠居]の簡単なおさらいを。

風邪で伏せっている長谷川平蔵の寝間へ、盗人が忍びこんで銀煙管をもち去る。その煙管は、亡父・宣雄が京都の名工・後藤兵左衛門に15両で造らせた逸品。

偶然のことから、盗んだのが日本橋川ぞい、思案橋たもとの船宿〔加賀や〕の船頭で元盗賊の友五郎とわかる。
そこで一計。
友五郎にもう一度侵入させ、煙管印籠を取り換えさせておき、彼の舟で浅草・今戸橋際の料亭まで大川(隅田川)をさかのぼる。

途中、船頭たちから大川の隠居と呼ばれている大鯉が舟と並泳。
「おう、隠居。もう帰るのか……じゃあまたな、さよなら、よ」
親しげに声をかける友五郎。

このあと今戸の座敷で悠然と兵左衛門作の銀煙管をふかす鬼平
見た友五郎の手から盃が音をたてて落ちる。
テレビの友五郎役・犬塚一さんが盃を落とすさまを、いたずらっぽい微笑で流し見る中村吉右衛門丈=鬼平。

上の地位にいる者は統御するだけでなく、さばけた裁きも必要……と教える。

さて、この佳篇についての新しい発見。

池波さんが少年時代を過ごしたのは台東区永住町(現・元浅草3丁目)だ。
東隣の寿1丁目21に竜宝寺なる浄土宗の名刹がある。

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竜宝寺正面

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かつて山門が新堀川に面していたここの別号=鯉寺の由来がおもしろい。

嘉永期というから平蔵の死後半世紀。
隅田川で目の下が125センチもある大を捕らえて竜宝寺の池へ放したが、傷がもとで生命が絶えた。
それを食べた全員が高熱に苦しみ、昇天してしまった者も。
大鯉のたたりにちがいないと供養・祈念してやっと平癒したと。

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竜宝寺前庭の鯉塚

当寺の鯉塚のゆえんである。

竜宝寺は少年時代の池波さんの遊び場所の一つでもあった。
大川の大鯉の史談はとうぜんご存じ。いつか芝居に……と想を練っていたろう。
そこへ鬼平という花も実もあるヒーローをえて、佳篇「大川の隠居」に結晶した。

つぶやき:
往時の京都ショッピングガイド――『都買物独案内』の煙管の項に広告している煙管師は、新竹屋町寺町西入ルの後藤兵左衛門のみ。
ほかは煙管問屋だ。池波さんとしては彼を煙管師の名人に仕立てるしかなかった。

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コメント

『大川の隠居』は、私も大好きな一編です。
これを読んで思い出したのが、清澄庭園の池にいる大鯉。
1メートルクラスの巨大な鯉が、それこそ『うじゃうじゃ』います。
怖いくらいです。

投稿: ぴーせん | 2006.07.10 07:06

>ぴーせんさん

清澄公園には、ときどき入園しますが、鯉には気づきませんでした。
こんど、見てきます。ありがとうございました。

鯉料理は亀戸天神門前の〔玉屋〕と、向島の秋葉権現の境内はずれの店が出てきます。

亀戸の〔玉屋〕は実在の店のようですが、現存していません。
博識のぴーせんさん、もし、〔玉屋〕のその後をご存知でしたら、ご教示ください。

投稿: ちゅうすけ | 2006.07.10 08:12

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