おみねに似たおんな(2)
「そんなわけで、〔染翰堂(せんかんどう)・吉沢〕さんのご内儀とは話が通じていますから、なんでしたら、わたしから訊いてみましょうか?」
幕府米蔵の北端・御厩(おうまや)河岸の三好町で〔三文(さんもん)茶亭〕をやっているお粂(くめ 39歳)が申しでた。
平蔵(へいぞう 35歳)が返答をする前に、当の善太(ぜんた 10歳)が十露盤(そろばん)塾から駆けこんできた。
塾のある日は、ここから近い正覚寺(通称・框(かや)寺)門前の自宅へ直帰しないで、母と姉のいる〔三文茶亭〕が売りものの一つにしている団子をお八ッがわりにぱくつくことにしていた。
駆けこむなり、
「団子ッ」
「長谷川の殿さまへのごあいさつもしないで---」
母親にたしなめられると、ぴょこんと頭をさげ、
「平蔵おじさま。いらっしゃいいませ」
こころは水屋のほうへ飛ばしていた。
団子をほおばりながら、
「平蔵おじさま。お盆がすんだら、〔染翰堂〕のお店者(たなもの)になるんだよ」
「そうだって、いま、お粂母上から聞いたところだ。里貴(りき 36歳)おばさまにも伝えて、2人でお祝いをかんがえておこう」
「善太、新しい矢立てがほしいな」
あわてて、29歳の継父の松造(まつぞう)がたしなめた。
「いいではないか。それくらいのお祝いはさせてくれ」
平蔵が抑えると、
「平蔵おじさま、善太がお勤めする染翰堂(せんかんどう)の、[染翰]って、なんのことだかしってる?」
叱ろうとする松造を制し、
「教えてくれ」
「[翰]って、むかし、筆の穂を鳥の羽でつくったから[羽]がはいっている。だけど、いまは書簡のことさ」
「善太はえらい! 参った!」
「殿さま。申しわけございません」
お粂が小声で謝り、〔吉沢〕のご内儀になにを聞けばいいかと尋ねた。
手で制し、ささやいた。
「今夜の寝物語に、ご亭主から聞いてくれ」
松造に、善太に聞かれてはことがもれかねないと耳打ちし、舟着きの桟橋までいざない、
「承知していようが、お千世(ちよ 19歳)の生国、育った土地、言葉にでるなまりの有りなし、身請け許(もと)、雇われた歳月、口入れ屋、勤めぶり、読み書き十露盤の習得加減、きょうの外出の用件、薮入りの泊まり先、男出入---いまは、そんなところかな」
【参照】2006年4月12日[佐嶋忠介の真の功績]
2006年8月16日[文庫第4巻]の中の[4-6 おみね徳次郎]の項。
| 固定リンク
「112東京都 」カテゴリの記事
- 〔鷹田(たかんだ)〕の平十(2005.07.30)
- 〔網切(あみきり)〕の甚五郎(2005.09.14)
- おみねに似たおんな(8)(2011.01.10)
- おみねに似たおんな(3)(2011.01.05)
- 池田又四郎(またしろう)(2009.07.13)
コメント
善太がいよいよお店づとめにでる年齢になりましたか。
これからいろんな体験をつんで、平蔵が火盗改めになるころには20代でしょうから、探索の手伝いもできますな。ちゅうすけ鬼平一家の先がいよいよ楽しみになってきました。
投稿: 文くばりの丈太 | 2011.01.04 05:29
>文くばりの丈太 さん
[ちゅうすけ鬼平一家]---なんとも絶妙なお言葉、ありがとうございました。
たしかに銕三郎のイタ・セクスアリスとはいえ、お芙佐、阿記、お仲、お竜、貞妙尼、お勝、里貴、お信---於嘉根、与詩、お粂、お通、お蓮、お杉、女性陣だけでも多彩な顔ぶれです。
これに、史実で実在した男性陣が100人以上も加わるわけですから、その年譜を記録しておくだけでもひと苦労です。
でも、みなさまに楽しんでいただいているとおもうと、気力が充実してきます。
いつまでもご支持ください。
投稿: ちゅうすけ | 2011.01.04 11:00