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2005.06.20

〔熊倉(くまくら)〕の惣十

『鬼平犯科帳』文庫巻4で、おまさが初登場する[血闘]で、かつておまさが引き込みをしていたお頭の一人であることを、〔吉間(よしま)〕の仁三郎があかす。
(参照: 女密偵おまさの項)
(参照: 〔吉間〕の仁三郎の項)
仁三郎のような卑劣な盗人を配下にしていたのだから、〔熊倉(くまくら)〕の惣十という首領の品性も知れようというもの。もっとも、仁三郎が畜生ばたらきに転じたのが〔熊倉〕一味を離れて以後とすると、話はちがってくるが。

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年齢・容姿:どちらも記述されていない。
生国:上野(こうずけ)国甘楽郡(かんらごおり)熊倉(くまくら)村(現・群馬県甘楽郡南牧村熊倉)
聖典巻4p149 新装版p156には、いつもと異なり、「熊倉の惣十(そうじゅう)」と、「通り名(呼び名)」にはルビがふられていないで、名前のほうにふられている。
「熊倉」を(くまくら)と読むか、(くまぐら)と読むかで生国が違ってくる。(くまくら)なら、南牧村のほかに栃木県真岡市熊倉があるが、ここを採らなかったのは、鬼平が活躍した寛政年間に、熊倉某が開拓した土地で、『鬼平犯科帳』のころにはまだ地名となっていなかったと判断したからである。
いっぽう、(くまぐら)だと、福島県喜多方市熊倉、同県南会津郡只見町熊倉などがある。

探索の発端:おまさが〔熊倉〕一味の引き込みをしたのは、天明5年(1785)か6年で、鬼平はまだ火盗改メの役についていなかった。

結末:これも記述がない。その後、おまさは、〔吉間(よしま)〕の仁三郎のほかには、〔熊倉(くまくら)〕の惣十一味の者に出会っていないから、この一味は、主に上州・信州・甲斐のあたりで仕事をしてい、捕縛・処刑されたとしたら、そちらでだったろう。

つぶやき:、〔熊倉〕の惣十のの本拠や盗人宿を、おまさが鬼平へ告げなていかったのはどういうわけがあったのだろう。
もっとも、[血闘]は、おまさが密偵になって2,3カ月目の事件だから、直前まで属していた〔乙畑(おつばた)〕一味のすべてを告げるだけで精一杯だったかもしれない。
(参照: 〔乙畑〕の源八の項)
(この〔乙畑〕の源八とおまさの間柄には未解決の疑問点がいくつかあるのだが)。

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コメント

いつもおまさが密偵として、ぬきんでて活躍しているのに、平蔵が女密偵を作りたがらない理由が、今日のブログでよくわかります。
男の密偵以上に、並々ならぬ覚悟が必要ですね。

おまさも父親の鶴の忠助が亡くなってから、再び平蔵と出会うまで、口には出せない艱難辛苦の人生を辿っていたのでは。

仕えたお頭、関連する盗人の多さをみても、
察しがつきます。

投稿: みやこのお豊 | 2005.06.20 20:27

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