同心・加賀美千蔵(2)
「まず、近衛河原へご案内します」
役宅の通用門で待っていた同心・加賀美千蔵(せんぞう 30歳)は長身を折ってあいさつをすと、歩みはじめた。
(ずいぶんと、ぶっきらぼうな仁だな)
銕三郎(てつさぶろう 27歳)と若党・松造(まつぞう 21歳)は従うよりなかった。
昨夕、加賀美同心に会っている松造は、その人柄までは告げていない。
押小路を東へ向かう加賀美と並んだ銕三郎が、
「ご出身は、甲斐ですかな?」
加賀美同心が足をとめ、見下ろすように見詰め、
「巨摩郡(こまこおり)加賀美村ですが、それがなにか?」
【ちゅうすけ注】現・山梨県南アルプス市加賀美
「いや、江戸にも、武田方から参られた加賀美姓の方がおられるので、ご縁のあるお家かと---」
千蔵は不審の眉を解き、頬をゆるめ、
加賀美一族---といっても数家が、跡部大炊助勝資(かつすけ)の同心衆に配されていたが、かの人の勝頼公への側近ぶりに離心し、わが祖は京へ逃げて処士(浪人)、のち東町奉行所で働かせていただくことになった---と述べた。
「徳川軍団に組みこまれた跡部一族の衆とは、さようなかかわりがおありだったのですか」
「御所かかわり付(つき)ならともかく、東町奉行所にだけは、跡部さまがご赴任にならないことを願っております」
「これまでのところは---?」
「甲斐あってか、無事でした」
瞔(め)をあわせて笑いあった。
「わが長谷川は、今川方から徳川で、しかも、祖は三方ヶ原の戦いで武田方に討たれておるゆえ、おこころおきなく、おつきあいを---」
銕三郎の冗談めかした口調に、加賀美同心は好意をもったようであった。
「加賀美どののご先祖のように、跡部方から京へ逃れた武田方の数は多かったのですかな?」
銕三郎は、歩きはじめながら、なんの気なしに訊いた。
「2,3家はわかっております。御所で賄方におつとめで、越後方からの武田勢入りされた飯室(いいむろ)一族の左衛門大尉さまもそのお一人です」
【ちゅうすけ注】加賀美同心がなにげなく口にした飯室こそ、地下役人の不正事件の首犯の一人だったのだが、銕三郎は聞き流してしまった。
ミステリーだと、これは重大な伏線だから、ここで注などはいれない。
2人のうしろでは、加賀美つきの小者と松造が、たのしそうに何事か話し合っている。
銕三郎が借りている家のある、押小路の路地口にさしかかった。
横目で加賀美同心の表情をうかがったが、変わりはない。
(西町奉行所は、東のお町へは、どうやら、通じてはいないらしい)
「加賀美どの。先刻、近衛河原と言われたように聞きとりましたが---?」
「失礼。このごろは、荒神河原と呼んでいるようです」
(それで納得。〔荒神(こうじん)} )の助太郎(すけたろう 50すぎ)の店が以前あった所へ向かっているのだ)
御所の東南角---寺町通りを左折した。
仙洞院御所脇の武家町門(寺町門)をすぎ、先日訪れた下(しも)の禁裏付・高力土佐守長昌(ながまさ 54歳 3000石)の役宅の北から川原町通りを横切って、銕三郎が思わず声をだした。
「あっ」
加賀美同心がふところの十手へ手をかけ、ふり向き、
「どうか、なさいましたか?」
「いや。仔細ありませぬ。河原町通りの名づけの理由(わけ)がわかっただけのこと」
「近衛河原で---?」
「さよう」
笑顔が交わされた。
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コメント
このブログの裏に隠れているヒーローは荒神の助太郎で、ヒロインが荒神のお夏だってことが、だんだんに明らかになってきましたね。
これから先23年の経過が語られるわけですから、前途はるか、読ませていただいている私たちは、あと23年分、どきどきはらはら、楽しみです。
投稿: tomo | 2009.09.14 05:43
>tomo さん
いつも励ましていただき、ありがとうございます。
お汲み取りくださったとおり、このブログは、未完の文庫巻24[誘拐]でおまさが拐かされたままで終わっているのを、助けだすまでの物語のつもりです。
そう、いま、銕三郎は27歳ですから、50歳の春までに救出となると、あと、23年ですね。
4年ほど前に立ち上げた時の銕三郎は14歳でしたから、13年齢をとるのに4年かかった計算です。
鬼平50歳までが、tomoさんの計算であと23年ということは、約6年後あたりの救出・終焉ですか。
しかし、鬼平が火盗改メの期間8年間は池波さんの小説があるわけですから、23年から8年を差し引くと、のこるは15年---4年以内に終末ですね。
あと、4年---生きてられるかなあ。
ちょっと早めないと。
投稿: ちゅうすけ | 2009.09.14 07:27