新しい命、消えた命(2)
「世間が噂しているとおりの、男とおんなの仲になりたい」
奈々(なな 17歳)につめよられたが、里貴(りき 享年40歳)との10年におよんだ潤いのあった想いい出が忘れられない平蔵(へいぞう 39歳)とすると、迫られられても、その気にはなれなかった。
奈々が独り寝をしている亀久町の家を訪れないようにしたいのだが、飢饉で客数が減っている〔季四〕のことも気になり、つい、あれこれの話を聴いてやりたくなり、顔をだし、連れだって帰ることも少なくない。
ともにかえった夜の奈々は、新しくつくった桜色の腰丈の寝衣で酒を酌みかわしはするが、
平蔵が里貴とのあいだにつくりあげた世界をこわさないように気づかいするようになっていた。
ときには欲望が抑えきれくなる夜もないではないらしい。
裏の旗本・水野万之助忠候(ただもり 31歳 2800石)の下屋敷の裏庭の草むらからかすかに聞こえてくる秋虫の名残り声に紀州の村を思いだしたか、
「蔵(くら)さん。いっしょに行水しょ」
(国貞『仇討湯尾峠孫杓子』 写し:ちゅうすけ)
そういえば去年の秋口、里貴が倒れてからこっち、裏庭で行水をしたことはなかった。
「大たらいはかわききってい、つかえないのではないか?」
2人がいっしょに浴(つか)っても底が抜けないような、特別あつらえの大たらいであった。
「たが締めなおし、だしといた。お倉(くら 65歳)婆ぁさんが釜いっぱいに湯をたぎらせてくれとるし---)
拒んでばかりいては、奈々も働く気持ちが減退するであろう。
混浴行水しても、興奮しないだけの自信はあった。
腰丈の寝衣で片膝立てで太股の奥まで真向かいから見せつけられても起立させない訓練をつんできていた。
剣術で、相手を静視するコツであった。
「よし。浴びよう。先に湯加減をみておけ」
なんのことはない、大たらいから細板の簀子(すのこ)まで敷きつめてあった。
湯を胸元にかけながら、奈々が待っていた。
太股のわずかばかりの絹糸が、さざ波にゆれているのも気にならなかった。
昂ぶっていないのを見せつけるように平蔵も前を隠さずに、たらいをまたいだ。
両足をいれ、向いあい、あぐらをかいて腰を沈めた---
その瞬間---底が抜け、周りを支えていた木片がばらばになり、仰天した奈々が抱きついてきた。
湯はすっかり流れ、座ったまま裸で抱きあっている2人の腰を結びつけているように竹を編んだ締め輪がひっかかっているだけ---。
胸と胸、腹と腹、秘部と秘部がくっつきあったのは、予想の外(ほか)であった。
偶発の珍事に、平蔵の自制がすっとんだ。
平蔵のものが目を覚ましているのを感じた奈々が、足を平蔵の腰に巻きつけた。
双腕は互いに抱きあっていた。
奈々が口を吸った。
平蔵も応えた。
「このままでは風邪をひく。これから先は閨(ねや)で---」
平蔵が両腕で肩と太腿を抱きあげ、運んだ。
ほとんど消えていたが水滴をぬぐい、布団を敷き終えた奈々を引き寄せ、拭いた。
そのあいだ、神妙な顔つきで平蔵の昂揚しているものをつかんでいた。
初めての体験なのに、平蔵の発射したものをしっかり受けとめたことを感じとったらしく、奈々がささやいた。
「男とおんなの仲って、こないなことやったんや」
つづけて、ぽつりも洩らした。
「きつい廻り道やった」
「廻り道には、たのしめる風景も多いってこと」
白い肌が桜色に染まってくるところは里貴にそっくりと感じつつ、人生50年、あと10年、この珠を、どう「上品(じょうほん)のむすめ」に育てあげるか---思いもよらなかった楽しみができたと、胸の中でつぶやいていた。
(歌麿『上品の娘』 奈々のイメージ)
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コメント
平蔵さんと奈々ちゃんの奇禍みたいな結合、でもよかった。
奈々ちゃんの希望でもの。
平蔵さん、しかし、これからたいへん。奈々ちゃん、若いから。
投稿: mune | 2011.08.30 05:41
>mune さん
奈々を「上品(じょうほん)」のむすめに育てる---ヘップバーンの映画にありましたね、マイ・フェア・レディ」。そういうことも男の務めかも。
投稿: ちゅうすけ | 2011.08.30 11:30