〔血頭(ちがしら)〕の丹兵衛
『鬼平犯科帳』文庫巻1に[血頭の丹兵衛]と、主役の盗賊がそのままタイトルとして登場。
年齢・容姿:60歳には見えない若々しさ。でっぷりとした体格で、大きくはっきりした眼鼻だちの〔役者面(ずら)。小豆粒大の黒子があごの下にある。
生国:駿河国志太(しだ)郡島田宿のどこか(現・静岡県島田市)
探索の発端:江戸で〔血頭〕の丹兵衛を名乗り、荒っぽいお盗めをつづける集団があった。火盗改メの牢へとどめられていた〔小房〕の粂八は、あれは〔血頭〕の丹兵衛の名をかたるニセモノだと憤慨している。
かつて粂八は19歳まで〔血頭〕一味にいたのだが、岡崎の城下でお盗めをしたときに下女を犯して破門されたものの、いまでも丹兵衛は3カ条の掟を守っているりっぱなお頭として崇拝しているのだ。
そんなとき、〔血頭〕一味が麹町3丁目の紙問屋〔万屋〕彦左衛門方を襲い、皆殺しにしたとおもいこんだ首領とおぼしい男が、「次にあつまるところは島田宿」といったのを小耳にはさんだ彦左衛門の次女おこうが、鬼平に告げた。
で、「ニセモノの皮をひんむいてやりたい」と力んで牢から仮出所させてもらった〔小房〕の粂八は、勇躍、島田宿へ飛んだ。
結末:島田宿で、天野与力たちと張っていた〔小房〕の粂八の網にかかったのは、なんと、ほんものの〔血頭〕の丹兵衛だった。丹兵衛は粂八にいった。
「おれも年齢(とし)だ。いつまでもゆっくりと手足をうごかしちゃいられねえ。急ぎ仕事ゆえ血も流そうし、あこぎなまねも平気でするさ。そうでなくっちゃあ、当節生きてはゆけねえ----」
丹兵衛ほか捕縛され5名は、盗みの上に殺傷をくり返しているから、獄門。
つぶやき:島田宿を3回取材した。集合場所で盗人宿になっている本通り(旧東海道)7丁目裏の大久保川っぺりの煙草店〔三倉や〕のあたりをウォークしたり、林入寺に詣でたり、いまは覆われて道となった下を音を立てて流れているいくつもの小川を見たり、大井川の川会所あとを訪ねたりして、こここそ丹兵衛の生国との念を、強くもった。
江戸から出張ってきた火盗改メの与力・同心が連絡(つなぎ)の場所のひとつにした林入寺
粂八が15年前に破門されたときにも、丹兵衛がどぎつい〔血頭〕を名乗っていたとすると、3カ条の掟を守っていたころには似つかわしくない「通り名(呼び名)」のようにもおもうのだが---。
島田宿へやってきた〔小房〕の粂八が草鞋をぬいだ5丁目の旅籠〔鈴や紋十〕は実在した宿である。
島田宿 本町4丁目の図(部分 島田市教育委員会制作)
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コメント
[血頭の丹兵衛]のネーミングが腑に落ちないのは私も感じてます。
そこで勝手に推測しました。
掟の三か条を守っていた頃は「知頭」「智頭」「慈悲頭」とか呼ばれていて、いそぎ盗き(ばたらき)をするようになってから恐ろしさ、強さを強調する為に変えたのではないかと。
こうすると丹兵衛のニヒルな性格も出るような。
靖酔のお遊びでした。
投稿: 靖酔 | 2005.01.22 11:13
>靖酔さん
うがちましたね。
考え方としてはおもしろいけど、「知頭」「智頭」「慈悲頭」などと呼ばれていたのなら、そのことを粂八が、鬼平に解説したでしょうね。
やっぱり、ここは、池波さんが、畜生働きを強調するために、うっかり、つけてしまったと考えたほうが自然ではないでしょうか。
投稿: ちゅうすけ | 2005.01.23 08:36
へえ、あたしの、〔小房〕の粂八さんが島田宿で宿をとった旅籠の紋十は、実在していた旅籠だったんですか。
作家って、そんなところまで、調べてかくんじゃ、調査がたいへんですねえ。
あだやおろそかに読みとばしては、申しわけないんだわ。
投稿: 裏店のおこん | 2005.01.25 09:39
>おこんさん
引用・紹介した島田宿の配置図ですが、昭和30年代に、島田市教育委員会が復元したものです。
駿府側にあたる本町7丁目から1丁目まで、旧東海道筋の両側の店々が克明に記されています。
池波さんは、この配置図ができたころ、島田市を訪れて入手されていたのではないでしょうか。
まあ、入手していても、執筆時におもいださないと、なんにもなりませんが。ぼくのよくやる失敗です。
投稿: ちゅうすけ | 2005.01.25 09:55
『盗人探索日録』、なななんという面白さだ。こういう切り口があったのか。またしてもやられた!ムムムと絶句。さすがは、転んでもただでは起きない、西尾さんだ(脱帽という意味ですよ)。目の付け所が違う。そりゃ、善人の一生より悪人の生涯のほうが鮮烈だもん!これは一刻も早く活字化してほしいものだ。その時を待っています。
投稿: モリシュウ | 2005.02.05 15:55