〔江口(えぐち)〕の音吉
『鬼平犯科帳』文庫巻4に所載の[五年目の客]で、遠州の大盗賊(おおもの)〔羽佐間(はざま)〕の文蔵一味の引きこみ役として、東神田・下白壁町の旅籠〔丹波屋〕源兵衛方へ府中(静岡市)の小間物屋というふれこみで宿泊、源兵衛の女房のお吉とできてしまう。
(参照: 〔羽佐間〕の文蔵の項)
年齢・容姿:40がらみ。小さいときに大坂へ出て役者をしていたから、なんにでも化けられた。
生国:遠江(とおとうみ)国豊田郡(とよだこおり)江口村(現・静岡県磐田市豊岡)。
首領の〔羽佐間〕の文蔵が現・静岡県岡部町羽佐間(はさま)の出であることは分かっていた。したがって音吉は駿河か遠江の出身であろうと推測したが、江戸期の江口村が明治8年に西堀村などと合併、豊岡村と名が変わっていたので、竜洋町豊岡へたどりつくのに苦労した。
美濃国厚見郡江口村(現・岐阜市江口)ほかへも寄り道したが、遠江国の江口村はその名のとおり、天竜川の河口にあった。
探索の発端:寛政5年(1793)の初秋。鬼平は剣友・岸井左馬之助と浅草・今戸橋に近い船宿〔嶋や〕で酒食をともにし、〔小房〕の粂八の舟で帰ろうとしていた。
(参照: 〔小房〕の粂八の項)
粂八が今戸橋をわたっている商人風に装った〔江口(えぐち)〕の音吉を認めた。10年ほど前に、粂八は〔羽佐間〕の文蔵一味にいたことがあり、見知っていたのである。
左馬之助が尾行すると、浅草橋近くの船宿〔近江屋〕で、〔丹波屋〕の女房お吉と密会していることがわかり、音吉の身辺に見張りがつけられた。
結末:5年j前、お吉は品川宿の〔百足屋〕で売れない女郎だった。盗めの分配金78l両を預けて酔いつぶれた音吉の胴巻きから50両を盗んで逃げ、それから運が向いてきて〔丹波屋〕の女将にまでなったが、現われた音吉へ躰で返金しているつもりが、絞殺する結末に。
いっぽう、火盗改メは、〔羽佐間〕の文蔵一味が〔丹波屋〕を襲うことを見越して網をはり、10名をことごとく召し取った。死罪であろう。
つぶやき:火盗改メの役宅の白州で、すべてを白状したお吉に、長谷川平蔵がいう。
「お前、夢を見ているのではないか---笹やでしめ殺されていたのは、羽佐間一味の盗賊で江口の音吉という悪党だぞ」
「そのような悪党と、丹波屋の女房が何らの関係(かかわり)のあるはずはない」
法も手さばき一つで、一人の女の人生を救うこともでき、逆に奈落へ落とすことも可能なのである。
ただ、温情がすぎると示しがつかなくなろう。
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コメント
盗人のグループでも地縁、血縁がつよく働いていることを、このサイトで教えられ、「なるほど」と感じ入りました。
投稿: 文くばり丈太 | 2005.04.30 08:55
>文くばり丈太さん
盗人一味内でも地縁、血縁によっているのは、池波さんがそのように考えて配置しているので、実際の盗賊たちがそうだったかどうか、保証のかぎりではありませんよ。
でも、池波さんは、そういう細かいところまで配慮しているんですね。
投稿: ちゅうすけ | 2005.04.30 09:17
情報伝達がほとんど口だよりの江戸時代、職探しも、とうぜん、人の口が接点だつたでしょう。
とくに盗人の「ハロー・ワーク」は表業ではありえず、陰の職安です。
口合人のほうも、できれば地縁を優先して同郷の者を推薦しただろうと思います。いや、池波先生は、そう、お考えになったでしょう。さすが、です。
『鬼平犯科帳』が、ほかの江戸もの小説と一味ちがっているのは、管理者さんのおっしゃるとおり、そういう細かいところにまで注意が及んでいるからです。
投稿: 文くばり丈太 | 2005.04.30 11:23
〔丹波屋〕のお吉さんが、躰をゆるしても、相手を絞殺しても、いまの暮らしを守ろうとして気持ち、痛いほどわかる、わかる。
女の幸せは、ゆとりのある落ち着いた暮らしにあるもの。まあ、それならそれで悩みはあるとおもうけど。
お吉さんは、それまでが不幸すぎたんだ。対比を際立たせる、池波センセのうまいところ。
投稿: 柳原岩井町裏店 おこん | 2005.04.30 11:34