〔傘山(かさやま)〕の瀬兵衛
『鬼平犯科帳』文庫巻9に所載の[浅草・鳥越橋]は、シェイクスピア[マクベス]以来、「悪魔のささやき」ともいわれる妻の不逞の讒言が引きおこす悲劇である。
火種は、お頭〔傘山(かさやま)〕の瀬兵衛が、盗め金(つとめがね)の配分について、長年いっしょにやってきたのだからこっちの気持ちは分かっているはずと、〔押切(おしきり)]の定七(35歳)へ「今回はこれで我慢してくれ。つぎにはうんとはすせませてもらうから」と、つい、いいもらしたことだった。
定七は、〔風穴(かざあな)〕の仁助(35歳)を裏切りに引きこむために、お頭の瀬兵衛が、仁助の女房おひろ(30歳前後)と乳繰りあっていると、根も葉もないことを吹き込み、嫉妬の業火に火を点(Z)けたからたまらない。
(参照: 女賊おひろの項)
年齢・容姿:50歳をこえた。背丈6尺(約1.8メートル)の大男。手も足も、目も鼻も口も造作がすべて大ぶり。
生国:越中(えっちゅう)国新川郡(しんかわこうり)上滝(かみたき)村(現・冨山県上新川郡大山町上滝)
大山町の南部に東笠山(1,687m)・西笠山(1,697m)がある。木樵(きこりあがりという瀬兵衛にとって、2山は自分の庭みたいなものだったろう。麓の有峰盆地から上滝村を採った。平凡社『日本歴史地名大系』は「西笠山には壮麗な傘形の残雪が現れ、富山平野からもよく見え、傘山ともよばれて親しまれた」とあると、教えてくださったのはハンドル名リイウファさん。
探索の端緒:[女賊おひろ]の項からのコピー---大横川ぞいの石島町、〔小房〕の粂八にまかされている船宿へ、客として現れた〔白駒(しろこま)〕の幸吉と〔押切(おしきり)〕の定七が尾行(つ)けられて、それぞれの住いが判明、見張られた。
(参照: 〔小房〕の粂八の項)
(参照: 〔白駒〕の幸吉の項)
結末:同心・沢田小平次たちが見張る中〔傘山(かさやま)〕の瀬兵衛は、浅草・鳥越橋上で、たまたま行きあった〔風穴(かざあな)〕の仁助の嫉妬の刃で刺殺。仁助はその場で同心・沢田小平次に捕縛された。
つぶやき:「わしが生き甲斐は、女だけじゃ」と、稼ぎのほとんどを行くさきざきに囲っている女に使い果たして悔いない〔傘山〕の瀬兵衛の生き方は、男としてうらやましいというより、「ご苦労さんです」だ。
その瀬兵衛が、4年前に抱いたおひろの「まるで、骨がねえような」「やわらかい、しなやかな女体」を、突然、おもいだして出かけなければ、悲劇は起きなかったのだが、女のために命を落としたのは、むしろ、背兵衛には本望だったかも。
この篇にも、池波流の、ひかえめの好色趣味が発揮されてい、読み手は男も女も「フーッ」と溜息を洩らしながら堪能するはずである。
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