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2006.03.07

〔橋本(はしもと)屋〕助蔵

『鬼平犯科帳』文庫巻13に収まっている[殺しの波紋]の冒頭、橋場の先の洲の枯れ葦の舟の中で、火盗改メ方の与力・富田達五郎に斬殺されるのが、萱場町の薬種商〔橋本(はしもと)屋〕助蔵である。
いや、薬種商は表の顔で、裏へまわると、20余名の配下をもつ盗賊の首領であった。その助蔵が1年前に、富田与力が金杉上町あたりの百姓地で2000石の旗本の次男を口論の末に斬って殪し、口をぬぐっていたのに、助蔵が強請(ゆす)りをかけてきたのである。

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年齢・容姿:中年とのみ。薬種店の主人にふさわしい柔和な態度。
生国:山城(やましろ)国綴喜郡(つづきこおり)橋本(京都府八幡市橋本)。
薬種商のように利幅の大きい店を江戸で開くとなると、それなりのコネと資本が人用である。いずれ、京都の老舗のコネをつかったろう。

事件の経緯:)〔橋本屋〕助蔵が富田同心に強要したのは、麻布・飯倉4丁目の蝋問屋〔駿河屋〕へ押し込むときの見張りで、その手間賃に100両寄こしたが、それきりでは終わらなかった。つぎの押し込みの見張りもいってきたので、富田与力は助蔵と船頭の・留吉を斬って川へ流したのである。
それを目撃していたのが、別の盗賊〔犬神〕の竹松で、強請り状を寄こしてきた。その手紙を読んでいるところを、鬼平に見られ、不審を抱かせてしまった。

つぶやき:聖典の中でも、とりわけ後味がよくない篇である。というのも、人は一度侵した悪事をかばうために、つぎつぎと悪事をかさねるという、だれでも落ちる地獄が描かれているからである。人の個々ろの深淵をのぞいたような後味がのこるのである。

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コメント

残忍な殺しから始まるこのストーリー,悪事を隠す為に辻斬り,押し込みにまで身を落とす与力富田達五郎ですが、人は何故悪事を隠そうとするのでしょうか,自分自身のため、火盗のため、家族の為、・・・・
平蔵の言葉が総てを答えていて心に染みます。

「人というものは、はじめから悪の道を知っているわけではない、何かの拍子で、小さな悪事を起こしてしまい、それを世間の目にふれさせないため、又次の悪事をする。そしてこれを隠そうとしてさらに大きな悪の道へ踏み込んでいく者なのだ。」

最後に「お縄になる」のでも、「切腹する」のでもなく平蔵によって命を絶たれたのは、池波さんの
温情なのではないかと思いました。

投稿: みやこのお豊 | 2006.03.08 02:40

12年ほどまえに、洋ものミステリーで大きく話題になったスコット・スミス『シンプル・プラン』(扶桑社ミステリー)を読んだとき、この篇を想起していました。

ほんとうに小さな悪事を隠すために、つぎつぎと悪事を重ねていくストーリーでした。

投稿: ちゅ | 2006.03.12 13:14

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