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2006.04.01

長谷川平蔵宣以・年譜

長谷川平蔵宣以年譜

延享3年(1746)生   赤坂築地中之町(現・港区赤坂 6-11)
                 547坪。新国際ビルの辺
寛延元年(1748)
 ( 3歳)         (伯父:宣尹死)
               父:宣雄家督
寛延3年(1750)
 ( 5歳)         (継母死)
              築地湊町鉄砲洲へ(現・中央区湊 2-12)
                479坪。
明和元年(1764)
 (19歳)         本所三ッ目へ。(現・墨田区菊川 3-16)
                 1,238坪。
明和5年(1768)12月 5日
 (23歳)         家治に拝謁。
明和6年(1769)ごろ
 (24歳)         嫁を迎える。
明和7年(1770)
 (25歳)         長男:辰蔵誕生。
安永元年(1772)10月15日
 (27歳)         父:宣雄、京都奉行。
 〃2年(1773) 6月22日
 (28歳)         父:没(享年55歳)
 〃   9月 8日 遺跡を継ぐ。
 〃3年(1774)11月11日
 (29歳)         西丸書院番士(水谷伊勢守組)
               この時仕えた家基は安永8年急死。
 〃4年(1775)11月11日
 (30歳)         進物の徒。
天明元年(1781)
  (35歳)         次男:銕五郎誕生
 〃4年(1784)12月 8日
 (39歳)          西丸徒頭
 〃      12月16日 布衣を許さる
 〃6年(1786) 7月26日
 (41歳)          先手弓組頭
 〃7年(1787) 9月19日
 (42歳)          火付盗賊改メ(助役)
 〃8年(1788) 4月28日
 (43歳)          火付盗賊改メ(助役)免
 〃      10月 2日
                再び火付盗賊改メ(本役)
 〃       12月23日
                長男:辰蔵、御目見
寛政2年(1790)10月16日
 (45歳)           捕盗そのまま勤むべし
 〃      11月14日
                 人足寄場発議の件で時服2領、黄金
3枚賜る
 〃3年(1791)10月21日
 (46歳)           捕盗、明10月まで勤めよ
 〃4年(1792) 6月 4日
 (47歳)           人足寄場免。捕盗はそのまま。
                 黄金5枚。
 〃        10月19日捕盗加役、明3月まで勤めよ。
 〃5年(1793)10月12日
 (48歳)捕盗、        明10月まで勤めよ。
 〃6年(1794)10月13日
 (49歳)            火賊捕盗命ぜらる。
 〃 10月29日        時服3領を賜る。
 〃7年(1795) 4月
 (50歳)            病に倒れる。
          5月 6日家斉、側衆加納遠江守を経て高貴薬・瓊玉膏を賜る。
                  辰蔵が受領に加納屋敷へ。
                  実母死。
          5月 8日     辰蔵、父のお蔭もて両番となる。
          5月10日    薨じたが喪を秘す。
       海雲院殿光遠日耀居士。
  5月14日  同役彦坂九兵衛と岩本石見守を名代としてお役御免
を願う。
  5月16日  勤続を賞して黄金3枚と時服1領を賜る。
  5月19日  喪を発する。


つぶやき:
平蔵宣以(幼名・銕三郎)の生年について、長年、延享2年説が流布していた。出所は瀧川政次郎先生の『長谷川平蔵 その生涯と人足寄場』(朝日選書 のち中公文庫)である。
平蔵の時代は生まれた年が1歳---の慣習をふまえ、寛政7年没・享年50歳という『寛政重修諸家譜』の記述を信じて逆算すると、何回やっても延享3年になってしまう。
そのことを拙著『鬼平犯科帳を助太刀いたす』(ワニ選書)に書いたら、墨田区教育委員会がまず認めてくれた。

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コメント

新しい年度に新しい「who's who」

スタートおめでとうございます。

「盗人探索日録」同様 期待しております。

投稿: みやこのお豊 | 2006.04.02 10:00

「who's Who」のスタートおめでとうございます。
改めて年譜を読ませていただきますと、42歳で助役を43歳で本役を受けて以来50歳で病に倒れ、まさに先祖が討死したように平蔵も立派な武士の最期をとげたのですね。
鬼平犯科帳で見廻りのときに蕎麦屋で盃を傾けるひとときが平蔵のささやかなおのれの時間だったというのが改めて分かります。
「Who's Who」大いに期待、楽しみにしてます。
ありがとうございます。

投稿: 靖酔 | 2006.04.02 11:49

ご無沙汰しています。久しぶりに会津からです。
待ってました!。『鬼平犯科帳』who's who こういうのが欲しかったんです。それに長谷川平蔵年譜。先生が会津で講演なさってから続いている鬼平サークルのおつとめに早速活用させていただきたいと思います。江戸を舞台にした鬼平犯科帳を会津で楽しむには限界がありますが、それなりに楽しんでおります。鬼平料理の再現や、原作とビデオの違いの検証、朗読、作品についてのトーキング、何といっても年に一回の現地学習等です。これからも楽しみに拝見させていただきます。

投稿: 会津のお熊 | 2006.04.02 19:04

再開おめでとうございます。
今までも十分に辞書でしたが、4月から新たに事典になりましたね。

投稿: 豊島のお幾 | 2006.04.02 22:28

>会津のお熊さん

お久しぶりでした。
そうですか、会津でお話しさせていただいてから、もう、4年以上たちますのに、みなさん、ご精励でしたか。ちっとも存じませんで、失礼しました。

ご研究の成果を、ときどき、HP---
http://homepage1.nifty.com/shimizumon/
へお寄せくださいませんか。お待ちしています。

投稿: ちゅうすけ | 2006.04.03 04:20

>みやこのお豊さん

ご支援、ありがとうございます。

>靖酔さん

年譜は、組み・字くばりがむつかしいですね。なかなか、うまくおさまりません。

>豊島のお幾さん

これからが腕のふるいどころでしょうか。

投稿: ちゅうすけ | 2006.04.03 04:25

5月より本格的な活動が始まります。その模様はお知らせできると思います。

投稿: 会津のお熊 | 2006.04.03 12:32

待ってました。こういうの。ありがとうございます。

ついでに、欲をいえば、索引もほしいです。

これからまた、眠れぬ日々が続きます<(_ _)>

投稿: おっぺこと那の津のお加代 | 2006.04.06 13:50

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