十如是(じゅうにょぜ)(その3)
「女将(おかみ)さん。もう一度、奴らが入ってきた時のことを、順を追って話してくれないか」
〔古都舞喜(ことぶき)楼〕の女将・福(ふく 38歳)に言いつけたのは、こんどの1件の掛かり同心・大林源吾(げんご 51歳)である。
銕三郎(てつさぶろう 20歳 のちの鬼平)が、本家の大伯父---というより、先手・弓の7番手組頭で、火盗改メ・本役を命じられている長谷川太郎兵衛正直(まさなお 57歳 1450石)に、現場の再調査を頼みこんだのである。
(本所・深川 〔古都舞喜楼〕)
女将の言い分を手短にまとめると、枕をけられたので目をあけてみると、抜き身を突きつけた灰色装束の2人が楓の間へ行けという。
寝着の上から着物をひっかけるようにして、ふるえる足で、言われた楓の間へ入った。
「女将どのは一人で寝ていたのですか?」
銕三郎がたしかめ.る。
「お役人さま、嫌でございますよ。誰と寝ているとおもいになったのでございますか?」
ちろりと舌の先で上唇をなめて、上目で見つめてきた。大年増だが、さすがに艶っぽい
つぎつぎと、使用人たちが、刀でおどされて楓の間へ連れてこられ、縛りあげられ、猿ぐつわをつけてころがされた。
男衆5人と仲居女中・下働き女が7人の総勢13人が、である。
首領らしい大男と小男、あと2人に監視されているうちに、家中、金がありそうなところが半刻(はんとき 1時間)ほど探された。
集金してきた金とあわせた有り金が、女将の寝室の化粧鏡台の引き出しに入っていたのが見つかったらしく、賊たちは、一同を監禁していた部屋の入り口の廊下に棘菱(とげびし)のようにものを打ち込んで引きあげた。
「口惜しいじゃございませんか。一人がなんとか縛り紐を解き、順にみんなのもほどいてくれたのですが、棘菱に畳をかぶせれば歩けると思いついたのは、賊たちが去って、小半刻(30分)もしてからだったのです。助けを求めたころには、あたりには人っ子ひとりいやしませんでした」
「抜き身でみなさんをおどしていた監視役の者たちは、棘菱を打ち込む前に、廊下にでたとおもうのですが---」
「いいえ。一人がのこっておどしつづけていました」
「その一人は、どうやって部屋から引きあげたのですか?」
「棘菱の上を歩いてでてゆきました」
「上を歩いて?」
「草鞋の裏に鉄の板を貼り付けていたような、耳ざわりな音がしました」
「大林さま。その棘菱は、役宅に保管してありますか?」
「あります」
「廊下には、棘菱の爪あとがありませぬな」
「客商売なものですから、すぐに張替えをいたしました。いけなかったのでございますか?」
「いや。取り替えた廊下板は?」
「棟梁が炊きつけにと置いていったので、燃してしまって---」
「女将どの。賊たちがかわした言葉を聞かせてください」
「『楓の間へゆけ』といったきり、あとは口をききませんでした」
「引きあげる時も---」
「配下らしい者たちに顎で合図をしただけです」
「匂いはどうでしょう?」
「あ、そう言われるてみると、大男からはかすかに線香のような匂いがしていたような---」
「小男からは?」
「あれは水油(みずあぶら)の匂いでしょうか---」
「水油?」
「はい。行灯(あんどん)に使う菜種(なたね)油です。灯油(ともしあぶら)とも言いますが---」
「あのう---」
女将の横にひかえていた女中頭のお留(とめ 32歳)が、口をはさんだ。
「その小男が、鼻をかみました」
「それで---」
と、面倒くさげに大林同心がうながすのを、銕三郎が引きとって、
「ほう。お留どの、よく思い出してくださった。鼻をかんだあと、どうしたのかな?」
「いえ。紅花(べにはな)染めの手拭いを使ったのです」
「なぜ、紅花染めとわかったのかな?」
「私は、羽前(うぜん)の天童の近郊の成生(なりう)村(現・天童市成生)の生まれです。あのあたりでは紅花をひろく栽培しています。ところの家々では、くず花でいろいろなものを染めます。下着とか手拭いとか。それで見慣れているのです」
くず花で染めるから、黄味のある淡紅色にしか染まらない。小男が使ったのは、たしかにその淡紅色の手拭いだったと、お留は言った。
「くず花染めでぐず鼻をかんだなど、しゃれにもならぬわ」
大林同心が言うのを、手で制した銕三郎は、
「大林さま。〔初鹿野(はじかの)〕の一味に、出羽---羽前(うぜん)か羽後(うご)の里名(さとな)を通り名にしておる配下はおりませぬか?」
「む。羽前か羽後---? 〔舟形(ふながた)〕の---宗平」
「舟形というのは?」
認められて喜んだお留が応えた。
「新庄の南にある郷(さと)です」
(緑○=舟形 淡紅〇=新庄 水色=最上川 江戸期に近い明治22年頃)
(如是相(にょぜそう)、如是性(にょぜしょう)、如是体(にょぜたい)---相や性をあらわす本体---これだな。日顕師(にっけん)のお教えは---)
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コメント
きょうのブログに挿入した2枚の地図---。
南本所と深川の西部---〔五鉄〕・〔笹や〕・〔弥勒寺〕・〔弥勒寺橋〕など『鬼平犯科帳』に頻繁に登場する場所を、デザイナーの桑嶋さんにセッティングしてもらいました。
これまでも、いろいろ作っていただいています。
この地図を掲示したために、位置関係が非常に理解しやすくなったとおもいます。
基盤の切絵図は、池波さんが初めて揃いで購入し、外出時に必携していた〔近江屋板〕です。
2枚目の新庄・舟形の羽前国の地図は、まだ鉄道も引かれていない明治22年に陸軍参謀本部地図測量部によって制作されたもの。県・郡の区分けは多少は異なっていますが、鬼平のころにもっとも近い形の地図です。
これからも、両地図とも、再々引用します。桑嶋さんに感謝。
投稿: ちゅうすけ | 2008.04.19 02:45