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2008.07.08

宣雄に片目が入った(4)

長谷川どのは、家紋にくわしいそうですな」
同役の永井主税直著(なおあき 29歳 500石)に声をかけられたとき、平蔵宣雄(のぶお 30歳 400石)は顔にはださなかったが、緊張した。

西丸・書院番士としての、はじめての宿直の晩である。
もっとも、永井直著は、3年前から番士をしているから、齢は一つ下でも、先任ということになり、新参の宣雄としては、敬意をこめて応対しないといけない。

もちろん、宣雄にしてみれば、味方にしなくても、敵にまわさないこころがまえでいるから、応答には細心の配慮でのぞむ。

「くわしいといえるほどの知識もございませんが、幼いときから、見つけておりまして---」
「そうだそうですな。指南方の能勢どのから聞きましてな」
(もう、内聞に---が洩れている)

参照】2008年7月6日[宣雄に片目が入った] (2)

_100能勢ご指南番さまにも申しましたことですが、なにしろ、独り勉強なものですから、浅いばかりで---」
「わが家の家紋が一文字に三星(みつぼし)なことは、ご存じでしょう?」
「はい。いまも申しましたとおり、独り学習なものですから、深いいわれは存じませぬが、毛利侯さまのも似ていて、ご由緒のあるご家紋(右:毛利の長門三星)と、ひそかに、うらやましく存じております」

「それ、それ。、毛利侯は西国の雄、わが永井一門は東照宮さまの時代から三河国、なぜに似ているのか、お知りなら、教わりたいもの」

その夜、当直の番士5名が聞き耳をたてていることも、宣雄には、わかっていた。
永井直著とあわせて、6人を敵にまわさないためのいい機会かも---と、宣雄はおもったが、さて、どう応えればそうなるのか、咄嗟(とっさ)にうかばない。

一瞬、(永井どの。ご存じならお教えいただきたく)と言いかけて、言葉を呑んだ。
もし、直著が知らなかったら、恥をかかせ、うらみを買い、敵にまわすことになる。
亡母・牟弥(むね)の声が聞こえてきた。
(之を知るをば知ると為(な)し、知らざるを知らずと為す。これ知れるなり---知っていることを知っているとし、知らぬことを知らぬとする。それが知っているということですよ。)

永井どの。手前は、まったく存じあげないのです。ただ、はるかに幼いころ、母から教えられましたのは、この星は、妙見星(北極星)のように動かぬ星(恒星)と---」
「ほう---」
「いえ。之を知るをば知ると為(し、知らざるを知らずと為す。これ知れるなり---と孔聖も申しておられます。天文方にでも教わる機会があれば、教わってまります」
(腹の奥では、とはいえ、急ぐ案件ではない。あえて、天文方に知己を求めるほどのことでもない。ま、機会に恵まれたらということで---)

宣雄の案件処理の巧みさは、ものごとの優先順位を間違えないことであった。
だから、忙しいという顔をしない。落ち着いていて、たのもしく見える。

さらに宣雄には、永井主税直著のいやがらせに似たことは、これが最初というだけのことで、終わったわけではない、ということも分かっていた。
(宮仕えとは、そういう婉曲ないやがらせに耐え、かつ、すり抜ける術(すべ)を身につけることでもあろう)

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