銕三郎、掛川で(4)
駿府へ帰る同心・矢野弥四郎(やしろう 35歳)と供の2人の小者を、東海道口まで見送りにきた銕三郎(てつさぶろう 24歳)に、
「ほんとうに、1人、おつけしなくて、よろしいのでしょうか?」
「おこころづかいだけで十分です。じつは、山越えして、相良へまわろうとおもってもおりますゆえ---」
「相良へ?」
「せっかくですから、田沼侯のご城下も拝見しておけば、なにかのときにお話があいましょうから---」
(広重 『東海道五十三次』 掛川宿 秋葉山遠望)
「相良侯とおっしゃいましたが、さきごろ、ご老中格になられた主殿頭(とのものかみ)さまの、田沼さまですか?」
「相良侯は、田沼さまと決まっておりましょう」
「ご存じなので?」
「父とともに、お招きをいただいております」
「これはしたり。存ぜぬこととはいえ、失礼のかずかず、お許しください」
「ご老中格なのは田沼さまで、拙ではありませぬ---」
「お帰りの節、かならず奉行所へお立ち寄りを。中坊(なかのぼう 左近秀亨 ひでもち 53歳 4000石)お奉行にも、このこと、言上しておきますれば---」
「あいわかりました。道中、お気をおつけになって---」
矢野同心は、きのう、〔京屋〕がくれた飾り櫛を、内儀へわたすときの空想で、半分うわのそらである。
矢野たちの姿が街道の松並木に消えるまで立ちつくし、宿の〔ねぢ金や〕治郎右衛門方へ戻ってみると、年増のたおやかな美人が待っていた。
お竜(りゅう 30歳)である。
銕三郎とつれ立って歩くつもりで、武家の新造ふうに、淡い色の揚げ帽子をつけている。
それがよく似合っていて、銕三郎はおもわず見とれた。
視線を感じたお竜も、嫣然と微笑む。(歌麿 お竜のイメージ)
銕三郎の股間が熱をおびはじめる。
〔ねぢ金や〕を出て、
「どこに住んでおる?」
「駄目。お勝(かつ 28歳)がいます。ついていらしてください」
橋のたもとの瀟洒なしもた屋で、案内を乞うた。
川が見渡せる2階の部屋には、炬燵(こたつ)が置かれ、屏風のむこうに床がのべられている。
女中が引きさがると、銕三郎が脇ざしをぬく間も待たずに、立ったままむしゃぶりついて、口を吸った。
香ばしい髪脂と白粉の匂いで、銕三郎も興奮し、抱きしめた。
女中はこころえたもので、そっと茶菓の盆を押しこんで去る。
口を離して、袴をとるようにすすめ、自分も揚げ帽子をはずした。
銕三郎の膝にまたがって、また、口を吸う。
腰をうかせ、
「脚をのばしてください」
裾をはぎ、自分の裾もひろげ、太腿に乗り、秘部を接する。
「わたしの裾が、孔雀の尾羽のようにひろがっていますか」
「うん」
「小袖ででは、裾のひろがりが小さくて口惜しい。裾を引くのを着てくればよかった。まさか、こうなるとはおもわなかったんです」
「夢を見ているようだ」
「これが、孔雀です」
「孔雀は毒蛇でも平気でたべるそうな」
「諏訪さまのご神体はお蛇さまともいわれているんですよ。孔雀がいま食べていのは、毒蛇ではありません。おいしいお蛇さま。ほら、ぴくびく---」
はげしかった息づかいがおさまり、炬燵に並んではいってからも、鎌首をにぎっている。
「明日は、江戸へお発ちですか?」
「山越えして、相良へまわろうかと---」
「相良になにか---?」
「お城づくりがすすんでいるはず。もっとも、いまのところは、堀の石垣の石組み普請だろうが---」
「お供、しようかしら。相良まで、どれほど?」
「峠を入れて、5里(20km)ほどかな」
「決めました。お供します。ご迷惑?」
「いや。拙はうれしいが、〔狐火(きつねび)〕のほうはいいのか?」
「お勝が、まだ、実(じつ)をとっていないのです」
(なんだ、狙いは〔花鳥(かちょう)〕なのか)
口まで出かかったが、呑みこんだ。
勘よく察したお竜が、
「銕(てつ)さま。おつとめの話は、なし。このことに熱中しましょ。諏訪さまが逢わせてくださったのですもの」
銕三郎は、
(どうして、躰がこんなに求めあうのか)
不思議な気分を味わっていた。
お仲(なか 34歳=当時)と、お静(しず 18歳=当時)とのときにはむさぼるようなところがあったが、お竜とのは、ゆったりとした春のような気持ちよさであった。
お竜にも、同じような気分が湧いていた。
(躰があうということは、こういうことなのかもしれない。これまでの、お勝とのことはなんだったのだろう)
だからといって、この関係がつづくものでないことは、2人とも十分にわきまえいる。
そこが、浮世のむずかしさであろう。
肌と肌をもっと接したい。
たまらず、先に、お竜が脱いだ。
乳首を、銕三郎の舌がまさぐる。
【ちゅうすけの与太ばなし】このときの駿府町奉行・中坊(なかのぼう 左近秀亨 ひでもち 53歳 4000石)は、[平成の鬼平]との異称をたてまつられた中坊公平(こうへい)氏の先祖筋にあたるのではないかとかと推察している。そう、バブルの産物処理の住宅金融債権管理機構の債権回収で辣腕をふるい、のち責任をとって弁護士を廃業した人。
| 固定リンク
「001長谷川平蔵 」カテゴリの記事
- 口合人捜(さが)し(5)(2012.07.05)
- 口合人捜(さが)し(3)(2012.07.03)
- 口合人捜(さが)し(4)(2012.07.04)
- 口合人捜(さが)し(2)(2012.07.02)
- 口合人捜(さが)し(2012.07.01)
コメント