〔高畑(たかばたけ)〕の勘助(4)
谷中八軒町の大東寺の日現(にちげん)和尚の指定も明日だし、父・宣雄(のぶお 51歳 先手弓の8番手組ー頭)に頼んだ先手・弓の2番手の筆頭与力の紹介も夕刻に父が下城を待たないと、どうなるかわからない。
それで、高杉道場での稽古が終わると、銕三郎(てつさぶろう 24歳)の足は自然に、四ッ目通りの〔盗人酒屋〕へ向かった。
久栄(ひさえ 17歳)による、おまさ(13歳)の手習い日にあたっている。
(お竜(りょう 30歳)と4晩もともにしてきたすぐあとというのに、はずかししげもないことだ)
竪川で餌の小魚をあさっているかもめの舞いを見ながら、銕三郎は苦笑した。
(あのかもめたちより、おれのほうが、よほどに貪欲だ)
【参照】2009年1月24日[銕三郎、掛川で] (4)
2009年1月25日[ちゅうすけのひとり言] (30)
〔盗賊酒場〕では、ちょうど、手習いが終わったところであった。
「銕三郎さま。お帰りなさいませ」
久栄は、あいかわらず、微笑み顔に言葉にまさるものを伝える。
「銕(てつ)兄(にい)さん。久栄師匠(おっしょ)さんと、柳島の梅屋敷が見納めどきだから、これから出かけようとしていたところ。銕兄さんもどう?」
おまさが、甘え声で言ってから、久栄をみて、ちょろりと舌を出した。
おまさは、銕三郎と久栄との婚儀の話がすすんでいることをしっているが、つい、忘れるのである。
それほど、銕三郎は、おまさにとって、この2年間で、近しい存在になっている。
「よし。行こう」
返事してからがたいへんであった。
日よけのかぶりものはどうするの、着て行くきものはこれでいいか、持ち物は---と、四半刻(しはんとき 15分)はたっぷりさわいだ。
そのさわぎが、おんなたちには、とてつもなく楽しいらしい。
久栄とおまさが手をつないで並んで歩く後ろから、銕三郎が手持ちぶさたな顔でついてゆく。
こういうときのおまさは、これが13歳の小むすめかとおもうほど、ませていて意地がわるい。
久栄を、銕三郎と語りあわさせないのである。
(歌麿 遊行・部分 久栄とおまさのイメージ)
柳島村の梅屋敷は、〔盗人酒屋〕から竪川ぞいをほぼ1丁(約100m)東行し、横十間川に架かる旅所橋をわたって北へ折れ、亀戸天神社の境内をぬけたその先の普門院の隣りにある。
(梅屋敷 『江戸名所図会』 塗り絵師:ちゅうすけ)
ことしの見納め---と考える人たちか少なくないのであろう、梅屋敷はけっこうにぎわっている。
梅の芳香で、むせかえるようでもあった。
3人は、半まわりしてから茶店で甘酒を頼んだ。
すすっていると、店の前がさわがしくなった。
喧嘩らしい。
店者らしい40男と連れの10歳ほどの男の子とその母親らしい30おんなが、3人ばかりの荒(あ)らくれに囲まれていた。
身の丈5尺(150cm)ほどの小柄な40男が、男の子と母親をかばってしきりに謝っているが、荒くれたちは承知しない。
しかし、銕三郎の目から見ると、小男ながら腰の据え方、足の構え方が尋常でなく、荒らくれたちよりも数段できそうだった。
しかし、小男は、表情も変えずに謝るばかり。
そして、懐に入れた手で器用に小粒をとりだし、懐紙につつんで握らせた。
荒らくれたちは、狙いどおりの得物を手にしたので、悪態をつきながら去って行った。
40男と男の子連れが茶店に入ってき、銕三郎の隣に腰をおろしたので、
「ご難でしたね」
声をかけると、小男は恐縮し、
「見苦しいところをお目におかけてしまいまして、どうぞ、ご免なさって---」
「拙には、あの者たちなら、手もなくおひねりになると見えましたが---」
「とんだお眼鏡ちがいでございます」
「いや---」
「いいえ。この坊の前では、どうぞ、ご放念を---」
「なるほど。銕三郎といいます」
「あ、勘助と申します」
それきり、勘助は男の子と話しはじめて、銕三郎を避けるそぶりであった。
男の子に、
『若---」
「弥太さま---」
と呼びかけているのが耳に入ったが、そのときは気にもとめなかった。
【ちゅうすけ注】これが、〔高畑(たかばたけ)〕の勘助、〔傘山(かさやま)〕の2代目・弥太郎との出会いである。
もちろん、銕三郎は〔高畑〕の勘助とも知らないし、弥太郎のことも、成長して25歳で〔傘山〕の2代目を継ぐとおもいもしなかった。
勘助のほうも、銕三郎と名乗った若ざむらいが、20年近くのちに鬼平となることも予想だにしなしい出会いであった。
弥太郎の父・弥兵衛の足が使えないために、右腕の勘助が、一人息子の弥太郎と弥兵衛の生母を連れての梅看(うめみ)であった。
勘助に突き放されたかたちで、行き場のなさそうな表情の銕三郎に、ふっくらとした微笑みをうかべた久栄が、
「銕三郎さま。お願いしておきました行き先、お決めくださいましたか?」
問いかけて、銕三郎をあわてさせた。
「いや、まだ---」
(なんというおなごであろう。大切にしてきた処女(おとめ)のしるしをくれる旅を、こんなところでせかすとは---)
【ちゅうすけのことわり】谷中八軒町の大東寺の山号、および住持・日現は架空。
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