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2009.02.04

〔高畑(たかばたけ)〕の勘助(3)

「盗賊が自ら、〔傘山(かさやま)〕の弥兵衛(やへえ)一味だと名乗ったと?」
あまりに意外な所業(ふるまい)に、銕三郎(てつさぶろう 24歳)がおもわず訊きかえした。
「おれたちが〔傘山}の弥兵衛一味だったからこそ、ここにある340両を根こそぎでのうて、半分の170両をのこしておいてやんだぜ。ご坊、これに懲りて、鐘撞堂の建立の見積もり額の倍も集めるちゅう業突(ごうつく)く張りは、もう、いっさい、やめとけ」---とも、去りぎわに説教したというんでさあ」
耳より〕の紋次(もんじ 26歳)が、石川五右衛門役者の声色まで使って説明する。
「説教が商べえの坊主が、逆に、盗賊に説教されたんじゃ、絵にもならねえって、だち(友だち)が言ってますぜ」
{だち]とは、彦十の胸の中に棲んでいる大鹿である。

「すると、〔傘山〕一味を名乗った賊は、鐘撞堂の見積もり額まで、ちゃんと調べていたことになるが、それにしても、一味の名を告げるとは、たいした度胸だ」
銕三郎がつぶやくように言って、もう一つ、訊いた。

「賊は、寺の衆を、縛っただけでありましたか?」
「みんな、目隠しをされたそうです」
「ふーむ---」
(どこやら、辻褄があわないところがあるようだ)

紋次は、読み売りの書き手らしく、よく聞きだしている。
その才能を、銕三郎は買っており、諜者の一人として遇している。
紋次のほうも、銕三郎の将来を見込んでいた。

軍鶏なべをつつき終わって紋次を帰してから、銕三郎彦十を伴い、四ッ目通りの〔盗人酒屋〕をのぞいた。
さいわい、客が引いたところで、おまさ(13歳)が皿や猪口を片づけていた。
さん。手がすいていたら、話にのってくれませぬか?」
銕三郎と〔(たずがね)〕の忠助(ちゅうすけ 50前)は、おたがい、〔さん〕〔さん〕と呼びあう約束になっている。

「〔傘山〕の弥兵衛という盗人の頭をしっていますか?」
さん〕〔さん〕と呼びあう仲になっても、銕三郎の丁寧な言葉づかいは改まらない。
「名前だけは---」
忠助がうなずくと、銕三郎が、紋次から聞いたことをかいつまんで伝え、
「どう、おもいますか?」
「〔傘山〕のお頭らしくねえですな」
「ほう?」

「それに、〔傘山〕のお頭は、1年めえの浦和宿でのお盗(つと)めのときに、うっかり釘を踏みぬいたあとが膿(う)んで、とうぶん、押しこみにをじかには采配なさらねえと伝わってきておりまして---」
「ふむ。弥兵衛に息子は?」
弥太郎坊ですね。まだ10歳にもおなりではござんせん」
「しかし、偽者にしては---」
「そうなんで。半金残したというところは、いかにも、〔傘山〕のお頭ならおやりになりそうな---。しかし、説教というのは、どうも---。なんでも、ひどいはずかしがり屋で、緊張なさると、どもるくせがおありになる方と聞いておりますので---」

屋敷へ戻ると、老僕・太作(たさく 62歳)が、大東寺の住職・日現(にちげん)の返事をもらってきていた。
「あさっての昼過ぎに---ということでございました。それも、ご当人は顔も見せず、役僧がとりついだだけでございます」
(ずいぶん失礼だな。触頭をとおして頼んできておきながら、2日後がいいとか、昼どきをはずすとは---)
銕三郎は、いささかむっとしたが、それは太作のせいではない。

父・平蔵宣雄(のぶお 51歳)の部屋の灯がついていたので、許しを得て、
「先手組の中で、もっとも火盗改メの経験が豊富なのは、どの組でございましょうか?」
「経験豊富ということでは、なんといっても弓の2番手---だが、この10年がところは、お役がまわっていないが---」
「その、弓の2番手の筆頭与力の方か、同心筆頭の方にお引きあわせいただくわけにはまいりませぬか?」
「明日登城して、弓の2番手がどの門を警備しているか、問い合わせてみよう。それで、よいか?」
「よろしくおねがい申します」
「ところで、。婚儀が近い。いつまでも火盗改メ代理なんか、気どっていてはならぬぞ」
「心得ましでございます」

目をあげて、父・宣雄の髪に、白い筋が条も増えているのに気がついた。


ちゅうすけのことわり】谷中八軒町の大東寺の寺号、および住持・日現は架空。

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