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2009.02.03

〔高畑(たかばたけ)〕の勘助(2)

駿府・掛川での〔荒神(こうじん)〕の助太郎(すけたろう 50すぎ)の盗(つと)めのもようを話して聞かせると、〔風速(かざはや)〕の権七(ごんしち 36歳)は、〔五条屋}での仕事ぶりに、とりわけ興味を示した。

長谷川さま。〔五条屋〕をたったの200両ですませたというのが、あっしには、どうも、〔荒神〕の助太郎らしくねえようにおもえるんでやすが---」
「2歳になるかならないかのむすめが病死したらしい。それで、急に金が必要になったのかも---」
銕三郎がそういうと、この店の女将のお須賀(すが 31歳)がしみじみと言った。
「あのお賀茂(かも 30すぎ)さんのお子が亡くなったんですか。かわいそうに---。さぞ、気落ちしていなさるでしょう」
権七須賀夫婦にも4歳になるおがいる。
だから、幼な子を失った悲しみは痛いほどわかる。
は、銕三郎(てつさぶろう 24歳)が名付け親である。

参照】2008年7月8日[明和4年(1767)の銕三郎 (4)

谷中八軒町の日蓮宗・大東寺の盗難にかかわることになりそうだから、
「そのときには手を貸していただきたい」
「昼間はあいてますから、なんなりと---」
権七はこころよく引きうけた。

銕三郎は、二ッ目ノ橋北詰の軍鶏なべ屋〔五鉄〕へ行き、息子の三次郎(さんじろう 19歳)に、誰か、竪川ごしの弁天宮裏・八郎兵衛屋敷のうら長屋に住む〔相模(さがみ)〕の彦十(ひこじゅう 34歳)を呼びに行かせてくれないか、と頼んだ。
〔五鉄〕から彦十の裏長屋まではものの1丁もない。
洗い場仕事の爺さんが行ってくれた。

「おう、お帰(けえ)りなせえ。っつぁんのいねえ江戸は、灯が消えたみてえで、寒々としてやした。大川土手の桜がやっとほころびたとおもったら、やっぱり、っつぁんのお帰りだった」
相模も山里のなまりだが、あいかわらず、言うだけはこと大げさだ。

参照】相模(さがみ)〕の彦十] (1)  (2) (3) (4) (5) (6) (7) (8) (9) (10) (11) (12)

「だち(友だち)の、なには元気ですか?」
「若芽どきだってんで、ぴんぴんでさあ」
彦十は胸の底に、大鹿を1頭飼っている。

両国橋西詰、米沢町裏手の読み売り屋にいるはずの、〔耳より〕の紋次(もんじ 26歳)を連れてきてほしいと頼むと、
の字。いっぺえもってきてくんな」
三次郎に催促した。
彦十どの。それは、紋次兄いが来てからしっしょに---」
「ほい、ざんねん」
彦十が走りでて行く。
両国橋の東詰は、〔五鉄〕から2丁と離れてはいない。
東詰までは、さらに橋長の96間(173m 約2丁にすこし欠ける)が加わる。

「谷中八軒町の大東寺について、このごろの話題を聞かせてほしいのです」
銕三郎の言葉に、さすが職業がら、紋次の言葉にはよどみがない。
「本家すじにあたる、京・本圀(ほんこく)寺の日達(にちだつ)ってえれえ坊さんが描いたとかいう曼荼羅(まんだら)を持ってきて、師走の15日から2月の14日までご開帳して、押すなおすなの参詣人を集めたってことはご存じでやしょう?」
銕三郎は、鍋で煮えたっている軍鶏をすすめ、酒を注いでやりながら、
「いや、一向に。そういったことにはとんと気がまわらなくて---」
「じゃあ、集まった喜捨の半分を、「傘山(かさやま)〕の弥兵衛(やへえ)一味に盗まれたってことも?」
「耳にしていないから、紋次どのに、わざわざお越しねがった次第で---。いま、〔傘山〕の弥兵衛一味と言われましたか?」
「盗賊が、そう、名乗りましたんで---」

_130ちゅうすけのおすすめ】紋次が口にした〔傘山〕の弥兵衛は、『鬼平犯科帳』巻7[盗賊婚礼]に名前だけ登場。
同篇では、弥兵衛の右腕だった勘助が、出羽・高畑(たかばたけ)生まれで、駒込富士前町の小料理屋〔瓢箪屋(ひょうたんや)〕の老亭主となって一味をとりしきり、2代目・弥太郎を助けている。
この出羽・高畑を『旧高旧領取調帳』をデータベース化したdatabaseで、「高畑」と入れて検索しても、ヒットしない。
それで、同書『東北編』(近藤書店)をあらためみると、羽後国・仙北郡に小貫高畑とあった。
郵便番号帳』で、秋田県大曲市小貫高畑で、「オ」の項にあったから、小貫は「おぬき」と読むらしい。
さて、歴博によるデーターベース化された『旧高旧領取調帳
http://www.rekihaku.ac.jp/up-cgi/login.pl?p=param/kyud/db_param
パソコンに登録しておくと、『鬼平犯科帳』の盗賊たちの〔通り名(呼び名)〕の検索がはかどるのでおすすめ。


ちゅうすけのことわり】谷中八軒町の大東寺の山号、および住持・日現は架空。

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コメント

驚きました、調べるって、そこまでやらないといけないのかって。
「盗賊婚礼」に、出羽の高畑とある勘助です。教えられたdatabase で検索してみました。
たしかに、出羽では検索に引つかかりません。羽後ですね。
教えらているからあわてないですみましたが、自分が初めてやったら、途方にくれたことでしょう。
いろんなことが学べるこのブログ、わたしの大学院です。

投稿: tomo | 2009.02.03 05:59

database 試みてごらんになったのですね。
おもしろいでしょう? 江戸ものの時代小説好きには、宝もののようなデータベースです。

ぼくも、書きましたように、文庫巻7[盗賊婚礼]に登場する〔高畑(たかばたけ)〕の勘助を調べていて、紆余曲折の末に、彼が羽後の仙北郡小貫(おぬき)高畑村(現大曲市小貫高畑)の出身と判明したときは驚きました。

このとき、秋田県の仙北郡を記憶し、その後、藤沢周平さん『よろずや平四郎活人剣』(文春文庫)に、江戸の商店で〔仙北屋〕という店がでてきたので、ああ、いかにも周平さんらしい屋号をつけたな---秋田の山中から江戸へ出てきて、頑張って表店を構えることができた勤勉の主なんだろうな---と、しばし感慨にふけったことがありました。これも、database に親しんだお蔭でした。

投稿: ちゅうすけ | 2009.02.03 08:56

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