同心・加賀美千蔵
「銕(てつ)。東の酒井丹波(守 忠高 ただたか)どのから、言伝(ことづ)てがあった」
西町奉行として、奉行所の与力・同心たち全員との顔合わせもようやくにすませたらしい父・宣雄(のぶお 54歳)は、役宅へさがってくるなり、息・銕三郎(てつさぶろう 27歳)を書院へ呼びつけた。
「拙にでございますか?」
「うふ、ふふふ。釣り天狗どのは、よほどに、銕のことがお気に召したようじゃ。もの好きにもほどがある」
【参照】2009年9月7日[備中守宣雄、着任] (6)
宣雄は、苦笑しながら、
「ほれ、〔荒神(こうじん)〕の---なんとやらいうたな、盗賊---」
「助太郎(すけたろう)---です」
「そう。その助太郎のことを調べた同心に引きあわすから、暇なときに役宅へ参るようにとのことであった」
「は。では、お伺いしてよろしいのですね」
「別に、かまわぬ」
「西のお町の息が、東のご奉行のところへ参っても---」
「なにをとぼけたことを。銕なんぞ、西の奉行所の端くれにも入っておらぬわ---うふ、ふふふ」
よほどにご機嫌がいいらしい。
きょうの宣雄は、笑顔が絶えない。
下がろうとする銕三郎へ、
「久栄(ひさえ 20歳)の手がすいていたら、肩をもんでくれと伝えてくれ」
「かしこまりました」
上洛の旅のあいだずっと、本陣へ落ち着くとすぐに、久栄に肩をもませていたらしい。
奥どうぜんの妙(たえ 47歳)が、この齢になって異国の水は飲みとうないと、夫とともに京へ上ることを承知しなかったせいもある。
「それでは、お舅どのが若い京女(おなご)をおつくりになります」
久栄がおどすように誘ったが、
「子種がのこっておりますものか」
「まだ、54歳のお若さです」
「久栄どのの手でもにぎりましたかえ」
久栄が赤面するのを、うれしげに眺めていたという。
銕三郎は、若党・松蔵(まつぞう 21歳)を東町奉行・酒井丹波守忠高の役宅へ使いに出し、明五ッ半(午前9時)に参上してよろしいかと伺わせた。
松造が戻ってきたのは、半刻(はんとき 1時間)もたった夕刻であった。
「たかが3丁半(400m)ほどの往還に---」
言う前に、松造が言い訳をした。
「ご同心・加賀美(かがみ (30歳)さまの組屋敷をお訪ねしておりました」
松造が弁解したところによると、酒井町奉行は、そのことは加賀美千蔵同心が掛りだが、すでに帰宅しておるから、組屋敷へまわって時刻をじかに打ち合わせるように。加賀美同心は宿直あけの公休日やもしれぬゆえ---との示唆であったと。
「それで、上へあげられまして、かように遅くなりました」
「苦労であった。して、加賀美どののお返事は?」
「用向きのことはお奉行から指示があった。あすは公休ゆえ、五ッ半にこちらへお迎えに参られると---」
「迎え?」
「お目におかけしたいものがおありになるとか---」
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