[鬼平クラス]リポート 9月6日分
静岡駅ビル・SBS学苑[鬼平クラス]の2009年9月6日(日曜日)のテキストは、文庫巻10[お熊と茂平]。
池波さんの発想の手順が端的にうかがえる好篇である。
いつもいっているとおり、池波さんが発想の端緒をつかむのは、
1.『江戸名所図会(ずえ)』の絵
(ときにはそれが、『東海道名所図会(ずえ)』『都名所図会(ずえ)』『中山道名所図会(ずえ)』であることもある)
2.江戸切絵図
この2つは、江戸もの時代小説家は、だれでも重宝している。
(上の2点に加える基本史料は、武家ものなら『寛政重修(ちょうしゅう)諸家譜』『徳川実紀』『柳営補任(りゅうえいぶにん)』『武鑑』など。
市井ものなら『武江年表』『近世風俗志』『広重の江戸百景』)
池波さんは、上記の諸書にくわえて『鬼平犯科帳』のために『江戸買物独案内』を所蔵していた。
盗賊に襲われる商舗の所在した町名を調べるためである。
さて、テキストの[お熊と茂平]。
連載中の『剣客商売』の[老虎](文庫第2巻収録 『小説新潮』連載)を書き上げた波池さんは、ほっとし、
「明日からは『鬼平』(『オール讀物』連載)にとりかかるか」
独り言をつぶやき、机脇から愛読の『江戸名所図会』を手にとってぱらぱらとめくる。
偶然にひらいたのは、〔本所・弥勒寺〕のページ。
(本所・弥勒寺 『江戸名所図会』塗り絵師:ちゅうすけ)
【参考】大きな画面でご覧になるなら[本所・弥勒寺]←クリック
この絵をみるたびに、1年半前に創作した[寒月六間堀]の文章が自然と頭に浮かぶようになっている。
弥勒寺の前を通りすぎようとした平蔵へ、門前茶店〔笹や〕から、
「ちょいと、銕つぁんじゃあねえか。素通りする気かえ」
と、声がかかった。爺いのような塩辛声なのだが、声の主は女である。女といっても七十をこえた凧(たこ)の骨のような老婆である。これが〔笹や〕の女あるじでお熊という。このあたりの名物婆さんだ。p217 新装版p227
この篇を書いたときは、弥勒寺の山門前のニッ目の通りのニノ橋寄りにしつらえられている木戸に目がとまり、その右先の板庇(いたびさし)に、門前茶屋〔笹や〕を設定、その南隣の庭に記された〔植木や〕の文字で、〔植半〕と店名をつけ、ここへ老武士・市口瀬兵衛を倒れこませた。
(同上部分 [笹や]と〔植木や〕の指定書き文字)
お熊が初登場したこの篇以後、彼女は、
[8-6 用心棒] p217 新装p227
[9-1 雨引の文五郎] p7 新装p7
[10-2 蛙の長助] p8 新装p8
[10- 5 むかしなじみ] p50 新装p53
新しいコメディ・リリーフの役を立派にこなしている。
[10-7 お熊と茂平]では、お熊に主役をふってみるか---池波さんは思いながら就寝と、寝酒のウイスキーをショット・グラスに注ぎ、も一度、〔本所・弥勒寺〕の絵に視線をおとす。
「五間堀に架かった弥勒寺橋は[寒月六間堀]で使ったから---」
---ひとりごち、
「弥勒寺を舞台にしてみよう。五間堀側の塔頭(たっちゅう)の竜光院とその前の南門はどうたろう」
(同上 塔頭・竜光院と南門)
そのまま、
「あとのストーリーは、朝のさんぽにまかせよう」
ウイスキーをあおって眠りについたろう。
余談だが、お熊は、これ以後、以下の諸篇に登場して笑いをふりまく。
[12-7 二人女房] p290 新装p303
[15 雲竜剣-3 闇] p131 新装p136
[16-2 網虫のお吉] p79 新装p83
[17 鬼火-5 丹波守下屋敷]p193 新装p198
[18-3 蛇苺] p82 新装p85
[19-:2 妙義の囲右楕円] p72 新装p73
[20-7 寺尾の治兵衛] p257 新装p266
[22 迷路6 梅雨の毒] p157 新装p152
[22 迷路-7座頭・徳の市]p187新装p177
[23 炎の色-1 夜鶴の声]p60 新装p58
[23 炎の色-2 囮] p90 新装p88
[23 炎の色-3 荒神のお夏]p144新装p140
[24 誘拐-2 お熊の茶店]p163新装p155
もっとも、北林谷栄さんがお熊役で登場するのはテレビ版では[お熊と茂平]の1編きりのはずだが。
原作のほうは、さて。
朝のさんぽで、茂平が竜光院の南門で行き倒れる場面がうかび、ストーリーは、糸をつむぐように、池波さんの頭の中でするするとつながっていく。
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コメント
『鬼平犯科帳』の各篇も「鬼平クラス」のような解説つきで読みすすんでいくと、ストーリーだけでなく、鬼平のころの江戸の町並みや作家先生の発想の瞬間まで読み取れて、興味が3倍にも5倍にもふくらみますね。
いちど、ちゅうすけ先生の講義を拝聴してみたいものです。
静岡のファンの方々はおしあわせ。
投稿: tomo | 2009.09.12 05:34
>tomo さん
静岡の[鬼平クラス]は有料ですから。
こちらは無料。
ですから、教材のすべてを公開すると、かえって不公平になります。
ですから、公開できるのは、基本だけです。
投稿: ちゅうすけ | 2009.09.12 08:26