先手・弓の6番手と革たんぽ棒(4)
翌日、平蔵(へいぞう 42歳)は、〔音羽(おとわ)〕の重右衛門(じゅうえもん 60歳)、〔木賊(とくさ)〕の今助(いますけ 39歳)、〔愛宕下(あたごした)〕の伸蔵(しんぞう 57歳)の3人の元締、それに〔耳より〕の紋次(もんじ 44歳)と〔箱根屋〕の権七(ごんしち 55歳)に町飛脚をたてた。
明宵の6ッ(午後6時)に、2ッ目ノ橋北詰のしゃも鍋〔五鉄〕に集まってもらいたい。
裏口から板場へ入れば、亭主の三次郎(さんじろう 38歳)が2階に案内する手はずにしておくと添え書きしておいた。
屋敷で浪人ふうに着替えてから、〔五鉄〕の板場へ顔をだすと、
「みなの衆、お揃いですから酒とつまみだけだしておきました。そろそろ、鍋を2つほど運びあげましょう」
待ちかまえていた三次郎が指図した。
平蔵の冷や酒だけが追加され、燗酒はもう酌がかわされていた。
ひと息ついたところで、
「じつは、元締衆に、またお願いごとがあり、その前に〔音羽〕の元締をはじめ、頼りにしておる衆の考えも徴しておきたくてな」
音羽台地に並んでおる先手組の弓の3つの組屋敷が肩書きごとに〔音羽会〕をつくり、有無(うむ)融通しあっていること、組頭は4の組が一色源次郎直次(なおつぐ 69歳 1000石)、6の組が(能見)松平の庄右衛門親遂(ちかつぐ 60歳 930石)であることを述べ、一昨々年につづき、この初夏あたり、大坂で打ちこわし騒動がおきそうな不穏な動きがあること、ことしのこの騒ぎはとりわけ大きく、去年の不作・不出来、長雨のせいで、多くの藩の城下町にひろがりそうでもあることを告げた。
「江戸での鎮圧には、町奉行と火盗改メがあたろうが、そんななまやさしい騒動でおさればいいのだが、われのの読みでは、先手組が10組ほども動員されよう。が、先手の組頭は、世間で[番方(武官系)の爺ィの捨て所]とはやされているごとく、老朽番頭の養老所と化しておる。われがもっとも若手でな。無能ゆえに41歳で爺ィ捨て山ゆきよ」
誰も笑わなかった。
「長谷川さまが無能とは、誰もおもっちゃおりやせん。若返りの一番手だったのでございましょう」
〔音羽〕の重右衛門の言葉に、みんなうなずいた。
「ありがとうよ。みなの衆の慰めでいくらか救われたわ」
こんどは、みんな笑った。
「それで、先手10 組が鎮圧にあたっても、たぶん、おさまらないであろうから、元締衆の力が借りたいのだが、これは夜回りの火の用心のときとちがい、米価の高騰に難儀している町衆の反感をかうかもしれない」
平蔵の予想どおりに、元締衆がうなずいた。
「元締衆の商売は、町衆の人気がなによりも大事だから、うわさにも元締衆の名が表にでては困る。それで、ひそかにやっていただきたいのは---」
平蔵がいいよどむと、〔音羽〕の重右衛門がみなを代表し、
「長谷川さま。わしらは、長谷川さまのためらな命のひとつやふたつはいつでも投げだす覚悟でおりやす。おためらいになることはありやせん、どうぞ、おっしゃってください。その上で、それぞれの元締衆が、おれはやる、おれは今回のにかぎっては辞退させてもらうが他言はしないと約定いたしやしょう」
「かたじけない。それではそういう約定の上でということですすめさせてもう。元締衆にやってほしいのは、物見のつなぎ(連絡)仕事なんだが---」
みんなが平蔵のほうへ首をのばした。
こころえた松造(よしぞう 37歳)が階段の上がりがまちへ立っていき、警戒についた。
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