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2012.05.23

平蔵、捕盗のこと命ぜらる(3)

(先手組の頭(かしら)になったからには、父上のように火盗改メを経験するのも悪くはない)
拝命したとき、平蔵(へいぞう 42歳)はそうおもった。

一門の中で、平蔵以前に火盗改メの職についたのは、本家の大伯父・太郎兵衛正直(まさなお 69歳 1450石)と、亡父・宣雄(のぶお 享年55歳)だけであった。

太郎兵衛正直は45歳のときだし、亡父の宣雄は家督がおそかったこともあるが47歳だから、2人にくらべると、平蔵の42歳は、親類中が喝采してくれたほどに速いといえた。

想定していなかった職席というわけでもなかったから喜べはいいのに、すなおに乗れなかった。
というのは、田沼主殿頭意次(おきつぐ 69歳 相良藩主 3万7000石)の追罰の噂さと、兄同然の佐野豊前守政親(まさちか 57歳 1100石)の大坂西町奉行解任、寄合入りのことがこころのどっかにひっかかっており、時をかまわずちくちくと刺すからであった。

一連の処置は、ご三家と一橋民部卿治済(はるさだ 36歳)の策謀により、老中首座という念願の権力の座を手に入れた松平越中守定信(さだのぶ 30歳 白河藩主 11万石)らの報復としか思えなかった。

いや、意次定信の不利になることを何かしたという話ではない。
商人の銭によって世の中がまわっていくように時代が変わったのにあわせた政策をとったにすぎないのに、士道が墜ちただの、銭まみれになったのだのといいたてて、精神主義に戻そうと力みはじめたのである。

田沼に目をかけられていた平蔵であったから、己れへの火盗改メの役職の振りは、裏に別の魂胆があるように思案しているのであった。

しかし、そんなことをさぐってみても、
長谷川家は両番(小姓組番と書院番)の家柄なのだから、先手組頭は相当の役席だし、番方の先手組なら火盗改メの加役は必然――というか、むしろ名誉職だし、そこで手柄をたてれば役方(行政官)への道もひらけるというもの……」
盟友の浅野大学長貞(ながさだ 41歳 小姓組番士 500石)が、祝賀の宴で慰めてくれた。
「うん、うん」
生返事はしたものの、平蔵のこころは釈然とはしていなかった。

「まあ、宿老(老中)などは、われらからみれば雲の上の仁だから、一生、じかに言葉をかけられることもないが、越中侯はまだ30歳というではないか。10年や15年は職iにいつづけよう。適当に忠義づらをみせておけばよい」
もう一人の盟友・長野佐左衛門孝祖(たかのり 42歳 600俵 西丸・小姓組番士)は、齢とともにいよいよ、ありきたりの弁を弄(ろう)することが多くなっていた。

平蔵もまともにはとりあわない。
「重箱のすみをほじくるような性格といわれておる、10年保(も)つかな」

「保たなければ、それもよしとせい」
「長生きするよ、佐左(さざ)は……」
「寿齢(80歳)はまっとうしたい」
笑いになった。

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