〔泥亀(すっぽん)〕の七蔵
『鬼平犯科帳』文庫巻9に所載の[泥亀]で、大真面目だがユーモラスな役割を演じている元盗人で、いまは芝・三田寺町の魚籃観音堂・境内の茶店の亭主。
三田4丁目の籃観音堂(『江戸名所図会』 塗り絵師:西尾忠久)
年齢・容姿:52歳。まるまると肥えた胴体に、愛らしいほどの短い手足がつていおり、脳天がとがった頭は剃りあげている。ひどい痔持ちなので、歩くにもひと苦労。
生国:上野国佐波(さわ)郡玉村(現・群馬県佐波郡玉村町)の貧農の三男。
探索の発端:痔疾の治療に行く途中で、10年ほど前に、〔牛尾〕の太兵衛の下でいっしょにお盗めをしたことがある、ながれ働きの錠前はずしの名手〔関沢〕の乙吉と出会い、〔牛尾〕のお頭が中風で倒れると、盗人宿でもあった藤枝の宿の呉服太物屋〔川崎屋〕から一味がかき消え、太兵衛は引っ越した陋屋で病死、女房おしまと盲目のむすめが行方不明になったと聞いて、動転。
3年前に痔が悪化したとき、、〔牛尾〕の太兵衛は女房おしまの口ぞえもあり、50両の引退金(ひきがね)を渡してくれた。それで魚籃観音堂・境内の茶店の権利を買い、深川・一色町の船宿で女中をしていたいまの女房お徳(44歳)といっしょになり、お徳の母親(60歳)も引き取って平穏に暮らすことができるようになっていた。
それはそれとして、七蔵と別れた〔関沢〕の乙吉は、すぐに密偵・伊三次と出会い、〔小房〕の粂八があず゜かっている深川の船宿〔鶴や〕へ案内され、逮捕。
が、その前に伊三次は乙吉の口から、〔泥亀〕の七蔵が、かつてのお頭〔牛尾〕の太兵衛の内儀とむすめのために金策に走りそうな、と聞きとっていた。
結末:捕まった〔関沢〕の乙吉は、島おくりになるところを、鬼平の考えで入牢のまま。
乙吉から取り上げた50両を伊三次が七蔵へとどけると、七蔵は痔をかばいながら100里近い道中をへて御油へ行き、おしま母子のために小さな荒物屋を買ってあたえた。恩返しのつもりだった。
帰ってきた七蔵を品川宿で逮捕させた鬼平は、〔牛尾〕一味の盗人宿や、小頭の〔梶ケ谷〕の三之助や〔牛久保〕の幸兵衛らの人相・居所を吐くことで、これまでの所業には目をつむる、と。
つぶやき:座業の池波さんも、ひどい痔疾になやまされていたことをエッセイで告白している。
だから、〔泥亀〕の七蔵の歩きぶりや痛がりよう、また、厠での苦心惨憺・難行苦業は、池波さんの体験とおもうと、おかしさが二倍三倍となってくる。いや、ご当人にはお気の毒なかぎりだが---。
池波さんは、「痔用体操」を考案して、寺に入るまで直らないといわれていた痔を快癒させたことを、未刊エッセイ第2集『わたくしの旅』(講談社 2003年03月15日)に書いている。
「痔」という字を観察していただきたい。「ヤマイダレ」に「寺」----つまり「寺に入るまで直らない病」といわれるゆえん。
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コメント
痔を快癒させた、池波センセの「滋養---じゃなかった---痔用体操」ってどんなのですか?
ちょっと興味があります。
投稿: 裏店のおこん | 2005.01.18 11:42
池波さんの「痔用体操」、以下のとおりのようです。著作権のこともありますが、苦しんでいる人を1人でも救うことになれば、池波さん、許してくださるでしょう。
1. 両足をのばして仰向きに寝、上半身を両肘で支える。
2. 両足を揃えて高くあげ、左右に開く。
3. 両足を開き、膝をのばしたままで、片方の指で、もう一方の足の裏の土ふまずをたたく。
これを交互に100回ほど、くりかえす。
慣れたら、300回までふやす。
4.1年間、1日もやすまずつづける。
とまあ、こんなふうです。
副作用として、浮気していたダンナが、しまりのよみがえった細君に重宝し、浮気をやめた、とか。
投稿: ちゅうすけ | 2005.01.18 12:34
こういう笑えるお話、大好きです。
〔泥亀〕の七蔵が、一丁前の盗人気取りで、傷むお尻をかばいかばい、お盗めできそうな店を探してあるいている図---マンガチックでいいじゃないですか。もう、頬がゆるみっぱなし。
それも、単なるお盗めではなく、受けた恩を忘れずにいて、返えそうってんですから、ついつい、応援したくなります。
投稿: 加代子 | 2005.01.18 16:10
泥亀を読み直して最後が気になりました。
「七蔵待て」
「は、はい・・・」
「伊皿子台町の中村景伯先生へ、よろしくな」
「げぇ・・・」
こんな終わり方をする犯科帳が他に有るかと調べましたが有りませんでした。
つぃでに面白いことを見つけました。
文庫10「蛙の長助」と次の「追跡」の最後の一行に蝶が舞い、よく似ていることです。
「蛙の長助」の最後は
[明るい陽光が、庭先をはらはらと舞う白い蝶と共にゆらめいている。]で
「追跡」の最後のは
[奥庭に、白い蝶がはらはらと舞っている。
松蝉の声が聞こえている。」です。
平蔵の愛犬クマで終わるシーンが有りますが続いてでは有りませんでした。
傑作は文庫16「白根の万左衛門」の最後です。
「おたか。お前の肌身は・・・なんと、やわらかいのだ。ほれ、ここも、ここも、やわらかくて、やわらかくて・・・」
「あっ・・・ああ、もう・・・」
「おたか・・・おたか、おたか・・・」
忠吾と新妻おたかのラブシーンで終わりです。
投稿: 靖酔 | 2005.01.19 08:45
>靖酔さん
>「七蔵待て」
>「は、はい・・・」
>「伊皿子台町の中村景伯先生へ、よろしくな」
>「げぇ・・・」
捨てゼリフというのでしょうか、まさしく、池波流の終わらせ方ですね。
「〔泥亀〕よ。お前さんの一部始終は、このように探索ずみであるからして、ウソの供述は許されないぞ」
というべきとみころを、
「中村景伯先生へ、よろしくな」
のセリフに代弁させているのですからね。
言葉を惜しむ作家ですね、池波さんは---。
投稿: ちゅうすけ | 2005.01.20 08:34