下総(しもうさ)無宿の安兵衛
『鬼平犯科帳』文庫巻5に収録の[鈍牛(のろうし)]に出てくる、名前のとおりに安っぽい無宿人。
年齢・容姿:50がらみ。小さく痩せこけて、干涸(ひから)びてい、灰のような顔色。ごま塩あたま。漁師あがり。
生国:下総国香取郡潮来あたり(現・茨城県潮来市潮来)
探索の発端:深川熊井町の蕎麦屋〔翁庵〕が放火で焼けた。隣の相川町の菓子舗〔柏屋〕の下男・鈍牛の亀吉が、放火犯として捕まり、自白もした。
(参照: 〔鈍牛〕の亀吉の項)
熊井町の蕎麦屋〔翁屋〕(『江戸買物独案内』 文政7年 1824刊)
しかし、近隣の人たちは、亀吉は真犯人ではないとおもっている。
どうも、同心・田中貞次郎と密偵・源助が手柄をあせっての乱暴な取調べの結果のようにおもえる。
鬼平は、南町奉行の池田筑後守へ処刑延期を依頼し、亀吉が晒されている現場へ張り込んだ。
と、人だかりのなかに、亀吉と視線をまじえた男がいた。
捕らえてみると、亀吉の母親がかつて潮来で女郎をしていたときのなじみ客だった安兵衛で、亀吉には菓子などを与えていたという。
亀吉は、放火現場で安兵衛を見かけ、「だれにも言うな」といわれたので、身代わりに立った次第。
結末:安兵衛は、晒しのうえ火あぶりの刑。
拷問で亀吉からウソの自白を引きだした密偵の源助は、八丈島へ島送り。
田中同心は、身分と役目を召しあげられ江戸追放。
つぶやき:文庫の巻20まで、放火事件は、この[鈍牛]と巻16[火つけ船頭]くらいではなかったろうか。
で、池波さんと読売映画広告賞の審査員をしていたとき、審査の前後の雑談で、つい、「火盗改メは、放火犯と泥棒を捕まえるのが任務なのに、犯科帳では、火つけの話がすくないですね」といってしまった。
池波さんの返事は「ぼくは火事がきらいでね。それに、火事の描写はむつかしすぎる」
それから2か月もしないうちに、『オール讀物』に長篇[炎の色]が掲載された。池波さんが負けず嫌いなことを、改めて納得した。
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コメント
この作品での、亀吉の母親おのに対してもそうですが、池波さんが娼婦を描くときには、暖かい視線を感じます。
文庫巻5[兇賊]、芋酒屋で隣りあった夜鷹のおもんへ向けられた鬼平のことば、巻6「猫じゃらしの女」の提灯店〔みよしや〕の娼婦およねに対する伊三次のあつかい---ほんとうに、やさしいのです。
若い時分の池波さんの吉原での体験から、自然とそうなるのでしょうかねえ。
投稿: 裏店のおこん | 2005.01.19 07:44
>おこんさん
治国の要諦は、1に裁判の公正、2に、徴税の公平でしょう。
池波さんは、[鈍牛]では、裁判の公正を期されるべきである---ということをおっしゃりたかったのだと思います。
つまり、法の前では、人間みな公平。その前提の上での慈愛、情けと。
投稿: ちゅうすけ | 2005.01.19 09:20