家風を受けつぐ
「隅田川河口にある石川島の湿地に人足寄場を創設したとき、
平蔵が府内の無縁仏の墓石を集めて埋め立てたのは、父親の
宣雄が千葉県の知行地…寺崎の湿地を干拓して新田をひらい
たときに使ったテを覚えていたからでしょうね」
卓見!
述べたのは、集合住宅の建設畑で仕事をやってきたW氏……さすがに目のつけどころが違う、と感心した。
W氏は、朝日カルチャーセンター(東京・新宿)で9年来講じてきた[鬼平]クラスのメンバー。某日、このブログの連載をテキストにして受講者の意見を求めたのに付随しての発言だった。
クラスは木曜の午後なので受講者は生涯学習を目指している男性がほとんど。前職はさまざまでも、みんな中間管理職をりっぱにこなしてきているから、それぞれにユニークな意見がでる。
長谷川家の知行地のひとつは千葉県成東町寺崎の220石。それを実収が300石以上もあがるように新田をひらいた。指導・監督したのが江戸から出張ってきた冷や飯者の宣雄だった。新田からのあがりは幕府へ差しだす必要はないから、彼は長谷川家にとっての功労者だ。
江戸下期にもっとも近い明治20年製の上総(かずさ)の地図
右は九十九里浜と太平洋
ちなみに長谷川家の家禄は400石。あとの180余石の知行地は同県九十九里町片貝にもらっていた。
上の拡大図。上の赤印は寺崎(成東町→山武市)
下の赤印は片貝(九十九里町)
ひらいた新田の中から3反歩を長谷川家が村へ割愛。寺崎ではこの3反歩からのあがりで、年に一夜、村をあげての宴会を200年間つづけている、と教えてくださったのは同町文化財保護委員会の長谷川委員長だ(同姓なのは偶然で、縁故はないと)。
この3反歩とは別に長谷川家は、「五穀豊穣(ほうじょう)村民安穏(あんのん)」を祈念する庚申塔を、寺崎に同じく知行地を持っていた宮崎家と連名で、村へ寄進している。
同県の郷土史家によると、知行地の小さな幕臣がこのように村民の安穏を願う気持ちを形に表している例はまれとのこと。
平蔵がらみの手紙のやりとりを何度か重ねているうちに平蔵に興味を持たれた長谷川委員長のはからいで、庚申塔は町の文化財に指定された。
庚申塔に刻まれている名は六代目当主の修理。宣雄の5歳年長の従兄で、のちに養父となった仁(じん)。享保17年(1732)11月吉日の建立。修理19歳、家督の翌年で、番入りはまだしていなかった。用人によっぽどこころきいたのがいたのだ。
話を新田へ戻す。宣雄の指導による湿地の暗渠(あんきょ)排水、石をつかっての埋め立てなどの新田開発の手順は長谷川家の秘伝として、平蔵へくり返し語られていた。
新田の割譲、庚申塔による祈念…これらの知行地の村人いつくしみの処置は、長谷川家の家風から発している。そしてこの家風は平蔵へ受けつがれた。
つぶやき:
今日の中間管理職には、知行地なんて結構なものはないが、子どもへ伝える家風はきづきうる。
もちろん、家風と家業とは、全然、別もの。
変化のはげしい現代、親の職業は、子どもが成人したころには、半分なくなっている……とはフランスの社会学者の言。
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コメント
今日のエントリーはとても面白く、勉強になります。
江戸期の御家人は、さも江戸府内でサラリーマン的に事務仕事をしているだけのイメージがあったのですが、知行地というのは単なる名目ではなくって、ちゃんと領主が民生を考え、メンテナンスなどをするものだったのですね。
世襲で知行地を受け継ぐということは、統治のノウハウが受け継がれるということでもあり、各自の小規模な領地がうまくいっているようなら、政治能力ありということで人材抜擢されたりとか、考えるだけでもこの頃の政治システムというのは巧く出来ているものだなと思います。また、そのことを現代になってこうして読み解かれる鬼平クラスの皆様には感服です。
投稿: エム | 2006.05.21 13:23
寺崎の庄屋だった戸村さんとも、文通を重ねました。
この戸村家の娘が、平蔵宣以(鬼平)の母であったとの風評があります。
千葉県成東町(現・山武市)の文化財保護委員会長・長谷川常夫氏が調べてくださった報告によると、戸村家は明治に古文書を果樹園の保護袋に使い、証文が残っていないと。無念。
投稿: ちゅうすけ | 2006.05.21 19:23
このブログのおかげで、とても面白い思いをさせて
いただいています。
在宅での通信教育みたいです。
投稿: おっぺこと那の津のお加代 | 2006.05.22 01:08
>おっぺこと那の津のお加代さん
すべての自称・鬼平ファンが、通信教育をうけてくださると、張り合いもいやますのですが。
投稿: ちゅうすけ | 2006.05.22 04:21