ノン・キャリを心服させる
「鬼平」人気にあやかり、史実の長谷川平蔵、小説やテレビの鬼平を語った本がいくつもでている。
史料としてや学問的に価値の高いものもあるが、感動となると原作『鬼平犯科帳』におよばない。
一口にいって、長谷川平蔵のおもしろさは器量の大きさにある。
火盗改メの長官として名をあげたのも、いってみれば、キャリア官僚がノンキャリ集団の上に着任して心服させた結果なのだ。
先手組与力や同心は代々、御目見(おめみえ)以下のままだ。身分があがることは、まず、ない。
そこへキャリアの組頭が新任してくる。下手をすると命令しても面従腹背(ふくはい)されかねない。
そこのところをこころえた平蔵の着任時の訓示は、
「なにしろ、はじめての職務で勝手がわからぬゆえ、おぬしたちに教えてもらわねばならぬ。よろしくたのむ」
これは歴代の組頭のあいさつ並み。が、じっさいに手をつけたことはほかのリーダーとはちがっていた。
頭付き同心(秘書役)に命じて組の与力10人、同心30人の家庭事情をくわしく補記させた。
それまでの家族の氏名、年齢ていどの調書に、顔の特徴、背丈や体格、武芸の深浅、当人や家族の趣味や病歴、借金をしていれば借り先と金額、妻の実家の詳細、養子は彼の実家のあれこれ、下男や飯炊き女をあつかった口入れ屋まで記したものを、3日のうちに提出させた。
そのとき、筆文字の大きさをこれまでの半分に縮めるようにと念をおした。秘書役同心の、
「………」
と問いかける表情に平蔵は、
「なに、紙を節約するまでのことよ。おれはこれまでの組頭より若いし目の筋もいいから、小さな字でも読める。先へいって老眼になっても、いまは眼鏡のいいのができているからな」
『江戸買物独案内』(文政7年 1824刊)、眼鏡所の広告
以後、長谷川組の紙の使用量は半減した。
そのころ、和紙の値段はばかにならなかった。浮いた予算を捜査費用へまわせた。
ちなみに前任の堀帯刀が火盗改メを命じられたのは49歳、その前の柴田某61歳のとき。平蔵42歳。
家庭調書が届けられると、こんどは組が火盗改メに就いていたときに手がけた事件簿を新しいものから順にもってこさせ、その事件に関係した与力・同心を呼び、ことの経緯と功績をあらためて説明させ、さも感心したような面もちで、
「ほう、おぬしがそ奴に縄をかけたのか。おぬしは竹内流捕縄の手練れであったな。秘伝の技をいずれ拝ませてもらいたい」
与力も同心も、大仰にほめられて照れはするが悪い気はしない。ついつい平蔵に心をひらいていく。
ときには、
「3人めが生まれるのは明けの2月とか。こんどは男の子であってほしかろう。女のほうが盛んなときに孕んだ子は男の子だというぞ。女房どのに頑張れ、と伝えてくれ」
下世話な言葉で笑わせた。
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コメント
「家庭調書」・・・どうりで・・・
鬼平を読むたびに、同心のお内儀のさとのことまで
詳しいなと思っていました。
人心の掌握術すごいですね。
投稿: おっぺ | 2006.06.09 12:02
いまだと、個人情報うんぬんとかセクハラまがい---といわれかねませんが、組織の長としては、しっかり把握しておくべきでしょうね。恋人や愛人のことまで。
投稿: ちゅうすけ | 2006.06.09 13:16
「女のほうが盛んなときに孕んだ子は男の子だというぞ」
について
男が強い(亭主関白)と女の子が生まれ、女が強い(かかあ天下)と男の子が生まれるとは昔から一般に言われています。
よく判らないのですが男の精子の中、男の子になる精子は女の子になる精子よりも酸に弱いので、女が快感であふれ出す膣液が多いと、アルカリ性の精子は酸(膣液)が薄められて男の子が生まれるのか。(愚考)
また金持ちには娘、貧乏人には息子が生まれる由、貧乏人の方が女を喜ばせる技が上手なのかも、本当か嘘か知りませんけれどそんな迷信があるようです。
投稿: edoaruki | 2006.06.10 17:03
申し訳ありません。 本当に下らない記事ですので削除を
お願いいたします。 お手数をかけます。
投稿: edoaruki | 2006.06.10 17:24