できる部下
剣の達人が出てこない時代小説は魅力が一欠け、といわれる。時代小説には裏長屋人情もの、艶もの、妖怪ものもあったりするから、必須の条件ではないが…。
火盗改メ・長谷川組の同心30人(小説では殉職した7人をふくめて44人登場)の中で、存在感で5指にはいるのが沢田小平次だ。
初登場は遅くて、寛政2年(1790)の事件 [兇賊]で、老母と2人暮らし。26歳で独身だった。
その後は99話中68話に登場しているから登場率は約70パーセント。小数点3ケタのところで木村忠吾におくれをとっているものの、トップクラス。
「まともに斬りあったら、おれもかなうまい」
と鬼平が太鼓判をおす一刀流の免許皆伝。
それだけに修羅場では平蔵も深く頼りにしており、強力な助っ人が必要とふんだときには彼を指名する。
小平次もこころえていて、長官(おかしら)の期待に応える。
ついでだが、もうひとり剣が強いのは同心筆頭の酒井祐助で柳剛流の免許持ち。
ただこの人には印象にのこるほどのチャンバラ場面がない。
小平次は [剣客] と [白蝮]で1対1の真剣勝負で冴えを披露する。
[兇賊]から寛政7年春の[白蝮]まで足かけ6年、小平次に許婚や結婚の気配はない。テレビでの真田真一郎さんだと、子どもの3,4人もいる感じだが…。
酒井同心や小柳安五郎が文庫巻1[血頭の丹兵衛]から顔を見せているのに、小平次が出おくれたのは、最初のうち、鬼平の剣の強さを薄めてはいけないと池波さんが考えていたからかもしれない。
もっとも鬼平が剣技の冴えを見せるのも第6話[暗剣白梅香]からだが。
連載が長期化してくるにつれて鬼平ひとり、あるいは岸井左馬之助とふたりだけの剣技では飽きられると危惧(きぐ)したのだろう。
さて、小平次は鬼平が「かなうまい」というほどの腕の持ち主であっても、鬼平の1500石高の地位をおびやかす存在にはぜったいならない。
江戸幕府――中央官庁では、同心はいつまでたっても30俵2人扶持の同心なのだ。
安心して腕前をほめていられる。
そこがいまの中間管理職と異なる。
できる部下はほしい、が、自分の地位をおびやかすほどに力量があっては困る。
もちろんパソコンのシステム構築とかインターネットによる情報収集ではむこうのほうが上ということはある。
上に立っている者の第一の職務は人事管理――これなら負けないはず。
できすぎる部下には持てる力をこころおきなく発揮させる、ほめあげる、それで心服させる。
そういうのにかぎって自惚れが強い?
小平次の人柄を一言でいうと「控え目」 。
できる部下に『鬼平犯科帳』を読ませ、酒場で読後感談義にことよせた小平次論で、いい添える。
「女性は、強くて控え目な小平次に好感をもつのだと」
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