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2008.01.06

与詩(よし)を迎えに(17)

「ご奉行所の内与力(うちよりき)さまが、お越しになりました」
〔大万屋〕の番頭が緊張した声で告げた。
銕三郎(てつさぶろう)が迎えにでるために、あわてて立ち上がると、早くも部屋の前に来ていた笹田左門は、
「そのまま、そのまま。あ、番頭さん。酒(ささ)の用意を、な」
どっかと座り、
「先刻は、わざわざ、ご足労でござった。なに、今宵は、長谷川どのと、くつろいで一献とおもいましてな。役宅では、なんですから---」
鼻の先が赤いから、よほどの酒好きで、役宅につけをまわして飲める機会があれば、逃(の)がさずにつかんでいるらしい。

「このご府中近辺は、霊峰の雪解け水で、酒もおいしゅうできあがるのですよ。江戸へ下っていないのは、駿河の酒飲みどもがみんな飲んでしまうからでしてな。ははは」
ひとりで、嬉しがっている。
銕三郎は、訪問の真意をはかりかねて、はあ、はあ、と受けてのみである。

酒が来て、酌の応酬---というより、銕三郎が一方的に注いでいる。
早くも、2、3本が空になった。
番頭が自ら新しい銚子を運んでいるのは、聞き耳を立てて、笹田内与力の来訪が、店にかかわりがあってかどうかを確かめたいからであろう。

「いや、長谷川どの。与詩さまの養女の件、お奉行---と申すより、奥方・志乃さまがどれだけ安堵なされておりますことか。
なにしろ、ご役宅に6人いるお子たちのうち、志乃さまが腹をおいためになったお子はお2人だけ。
志乃さまのそのご懐妊中に、3人もの小間使いに---。
あ、番頭さん、そなたは引き下がりなさい。酒がなくなったら声をかけるほどに---。あ、下がりついでに、もう2本ほど、持たせてくだされ。
いや、まあ、ご奉行がお盛んで、根(ね)ぐせ---ああ、男根の根(ね)と、寝床の寝(ね)をかけた、ははは、拙の新造語でござる---その根ぐせ悪いのは男である証拠といってもよろしいが、あれほどに悪いと、ご府内でもかなりな噂になっており、いまさら隠してもはじまりませぬな。ははは。
55歳をこえられてから、なんと、5人ものお子ですぞ。拙など、40半ばから、妻(つま)が妙な気をおこさないで、静かに寝(しん)についてくれることを、ひやひやもしながら願っておりますよ」
おんなより酒、といいたいのであろう。

「とにかく、『左内、出来たらしい、頼むぞ』といわれると、あと始末は用人の役目---そうですが、ああいうのを、垂れながしとでもいうのでごさろうかな。
中風も、その報いかも知れれません、て。や、失言々々。いまのはお忘れくだされ」

「さっきのお子たちのつづきですが、長らく用人を勤めている身としては、もう、2、3人、どこかへ養女の口がないものかと---江戸へお帰りになったら、長谷川さまにお話になってみてくださらんかな。
いやあ、きょうの酒は、めっぽう、おいしゅうござる。
おや、銕三郎どのはすすんでおりませぬな。飲(い)ける口とお見受けしたのだが。
ほう、長谷川さまはが召し上がられない---これはしたり、存ぜぬこととはいえ、ご無礼つかまつった。
しかし、なんですなあ、いまのご公儀は、つきあいで出世がきまりますからな、お飲みならないと、ご不便でしょう。
銕三郎どの。お父上に隠れてでも、飲み修行をなされよ。剣術の修行よりも飲み修行のほうが実が稔りますぞ」

笹田与力が帰ってから、銕三郎は、与詩のお寝しょうの原因について、おもいあたることがありやいなや、訊きそびれたのに気がつき、唇をかんだ。

再録朝倉仁左衛門景増が3人の夫人と何人かの脇腹に産ませた嫡男・光景以下11人の子どもを確認するために、2007年12月26日に掲載した個人譜をもう一度、掲示。
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