〔橘屋〕のお雪(2)
初日は、成果がなかった。
しかし、べつの成果があった。
岸井左馬之助(さまのすけ 23歳)とお雪(ゆき 23歳)とのあいだは、若い者同士、遠慮の垣根がとれるのは、1日で足りたからである。
2日目の午後、お雪が着替え、頭には菅笠をのせて〔さなだや〕からでてきたとき、左馬之助がほめた。
「別人のようになったが、赤い笠紐が、よく似合う」
「笠なんて、この2、3年、かぶったことがありませんのに---」
「いや。お雪どののまぶしさがかくれて、親しみがました」
(清長 菅笠のお雪のイメージ)
「岸井さまには、相手変われど主(ぬし)変わらず---つまらなくお感じでしょう」
「相手変われど、主変わらずは、もてもてのお雪どののことであろう?」
「いいえ。わたしは、相手なしの、一人寝---でございます」
「お雪ほどの美形が?」
「美形などと、お世辞を言ってくださったのは、岸井さまが初めて---お世辞でも、うれしい」
「相手なし---とは、まことかな?」
「まこと、に見えませんか?」
こうして、その夕べ、お雪は、小梅の寮に帰らなかった。
小梅の寮では、お元(もと 33歳)と井関録之助(ろくのすけ 19歳)が四ッ(午後10時)まで、帯もとかずに待っていたが、入江町の鐘楼が四ッを打ったので、戸締りをし、どちらともなく寝着に着替え、やがて、その寝着もはだけてしまっていた。
録之助は、禁令を破ることに刺激が高まったのか、お元の腰をもちあげてみたりして、興奮のかぎりであった。
[若き日の井関録之助] (1) (2---事故で工事中) (3) (4) (5)
(北斎『縁結出雲杉』より イメージ)
「長谷川さまのお言いつけをやぶってしまいましたね」
「お雪さんが止宿しているうちは---ということだったのだ。今夜は泊まっていない」
「そうですね---ああ、躰のもやもやが、すっきりと晴れました。ぐっすり眠れそう」
ところ変わって---。
押上の春慶寺の離れ---左馬之助が止宿している部屋である。
土ぽこりがひどかったので、お雪は庫裏(くり)の湯室をつかわせてもらい、髪を洗った。
櫛をいれている間も、左馬之助は待ちきれないで、お雪に、あれこれと悪戯をしかけている。
(歌麿『小町引』 イメージ)
このあとは、報じるまでもない。
お雪が、
「お勝さんを見つけても、長谷川さまへお報らせるするのは、5日後にしましょうね。5日間は、ここで、こうして、ねっちりと---」
【参照】〔お勝(かつ)〕というおんな] (1) (2) (3) (4)
この夜、5の日で、銕三郎(てつさぶろう 23歳)は、雑司ヶ谷の〔橘屋〕のいつもの離れにいた。
お仲(なか 34歳)が、お雪のことで妬いている。
「お雪さんといっしょで、きてはくださらないかとおもちってました」
「ばかをいうものではない」
「でも、お雪さんが、あんなにうれしがっていたんですもの」
「それは、お雪どのの一人合点というもの」
「でも、若いこのほうがよろしいんでしょ?」
「出事(でごと 交合)の師範をしてくれるといったのは、だれだ?」
「意地悪ッ!」
(国貞『恋のやつふじ』部分 イメージ)
お仲は、背中からむしゃぶりついたが、裾は、もう、ちゃんと割っている。
指をのばして触れながら、銕三郎が、
「お絹(きぬ 13歳)だが、納戸町の老叔母の世話をしてもらおうかとおもっている」
「いいようになさってくださいな。あの子はあの子で、生きていけます」
「嫁入りまでは、そうもいかない。手習いも、芸事も、習わないといけまい。老叔母なら、面倒を見てくれよう」
「お絹より、わたしの面倒の見方を、さ、覚えてくださいな」
若い男たちのこの道の学習欲は、古今、とめどがない。
もちろん、おんなも飽きるということがないから、どっこいどっこいか。
姿態も千幻万化。
【参照】 [〔橘屋〕のお雪] (1) (3) (4) (5) (6)
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