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2008.10.18

〔橘屋〕のお雪(2)

初日は、成果がなかった。
しかし、べつの成果があった。
岸井左馬之助(さまのすけ 23歳)とお(ゆき 23歳)とのあいだは、若い者同士、遠慮の垣根がとれるのは、1日で足りたからである。

2日目の午後、おが着替え、頭には菅笠をのせて〔さなだや〕からでてきたとき、左馬之助がほめた。
「別人のようになったが、赤い笠紐が、よく似合う」
「笠なんて、この2、3年、かぶったことがありませんのに---」
「いや。おどののまぶしさがかくれて、親しみがました」

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(清長 菅笠のお雪のイメージ)

岸井さまには、相手変われど主(ぬし)変わらず---つまらなくお感じでしょう」
「相手変われど、主変わらずは、もてもてのおどののことであろう?」
「いいえ。わたしは、相手なしの、一人寝---でございます」
「おほどの美形が?」
「美形などと、お世辞を言ってくださったのは、岸井さまが初めて---お世辞でも、うれしい」
「相手なし---とは、まことかな?」
「まこと、に見えませんか?」

こうして、その夕べ、おは、小梅の寮に帰らなかった。

小梅の寮では、お(もと 33歳)と井関録之助(ろくのすけ 19歳)が四ッ(午後10時)まで、帯もとかずに待っていたが、入江町の鐘楼が四ッを打ったので、戸締りをし、どちらともなく寝着に着替え、やがて、その寝着もはだけてしまっていた。
録之助は、禁令を破ることに刺激が高まったのか、おの腰をもちあげてみたりして、興奮のかぎりであった。

[若き日の井関録之助] (1) (2---事故で工事中) (3) (4) (5)

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(北斎『縁結出雲杉』より イメージ)

長谷川さまのお言いつけをやぶってしまいましたね」
「おさんが止宿しているうちは---ということだったのだ。今夜は泊まっていない」
「そうですね---ああ、躰のもやもやが、すっきりと晴れました。ぐっすり眠れそう」

ところ変わって---。
押上の春慶寺の離れ---左馬之助が止宿している部屋である。
土ぽこりがひどかったので、おは庫裏(くり)の湯室をつかわせてもらい、髪を洗った。

櫛をいれている間も、左馬之助は待ちきれないで、おに、あれこれと悪戯をしかけている。

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(歌麿『小町引』 イメージ)

このあとは、報じるまでもない。
が、
「おさんを見つけても、長谷川さまへお報らせるするのは、5日後にしましょうね。5日間は、ここで、こうして、ねっちりと---」

参照】〔お勝(かつ)〕というおんな] (1) (2) (3) (4)

この夜、5の日で、銕三郎(てつさぶろう 23歳)は、雑司ヶ谷の〔橘屋〕のいつもの離れにいた。
(なか 34歳)が、おのことで妬いている。
「おさんといっしょで、きてはくださらないかとおもちってました」
「ばかをいうものではない」
「でも、おさんが、あんなにうれしがっていたんですもの」
「それは、おどのの一人合点というもの」
「でも、若いこのほうがよろしいんでしょ?」
「出事(でごと 交合)の師範をしてくれるといったのは、だれだ?」
「意地悪ッ!」

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(国貞『恋のやつふじ』部分 イメージ)

は、背中からむしゃぶりついたが、裾は、もう、ちゃんと割っている。
指をのばして触れながら、銕三郎が、
「お(きぬ 13歳)だが、納戸町の老叔母の世話をしてもらおうかとおもっている」
「いいようになさってくださいな。あの子はあの子で、生きていけます」
「嫁入りまでは、そうもいかない。手習いも、芸事も、習わないといけまい。老叔母なら、面倒を見てくれよう」
「おより、わたしの面倒の見方を、さ、覚えてくださいな」

若い男たちのこの道の学習欲は、古今、とめどがない。
もちろん、おんなも飽きるということがないから、どっこいどっこいか。
姿態も千幻万化。
 

参照】 [〔橘屋〕のお雪] (1) (3) (4) (5) (6)


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