長野佐左衛門孝祖(たかのり)(3)
宴が終わった。
「長谷川さま。お酒がすすみませず、残ってしまいました。お持ち帰りくださいませ」
〔美濃屋〕の玄関へ送りにでてきた源右衛門が、角樽をさしだした。
受けとると、満杯の重さであった。
言いあらそうのも大人げないと、そのまま受けとり、礼を述べておいた。
市ヶ谷牛小屋の屋敷へ帰る浅野大学長貞(ながさだ 28歳 500石)が中坂をのぼっていくのを見送った平蔵(へいぞう 29歳)と長野佐左衛門孝祖(たかのり 28歳 600石)は、神田川へ向かいながら、
「佐左(さざ)。座敷での件だが---」
「助けてくれるか?」
「うん?」
長野孝祖がいうには、内室の妬心(としん)がはげしくて、もう1日も屋敷にとどめておけないと。
さりとて、手をつけてしまった手前、実家に返すわけにもいかない。
「手放したくないのだろう?」
「じつは、それもある」
「とりあえずは、別宅に囲うんだな」
「それには、先立つものが、な」
「わかった。お主の屋敷の近くあたりはゆっくり探すとして、とりあえずの避難場所は、下谷(したや)広小路あたりでもいいか?」
平蔵は、とっさに、広小路の元締・〔般若(はんにゃ)〕の猪兵衛(ゐへえ 27歳)に頼むことをおもいついていた。
「おんの字だ。おれの屋敷から小半時(30分)もかからないで行ける」
もう、決まったような口ぶりになっていた。
「おいおい。佐左が会いに行けるとしても、睦みあえるかどうかは、わからないぞ」
「広小路なら、池之端の出会茶屋を使えばいい」
「なんだ、お主。前にもやっているな」
「屋敷でてきないときにな」
本郷元町の長野邸の前で立ちどまり、もしものことがあってはならない。今夜から預かるから、着の身着のままでよい。すぐ、連れてこい。半刻(1時間)もしたら、おれからの使いと名乗る者が門を叩くから、会えば、隠れ場所が聞ける、と談じた。
おびえたように出てきた小柄なおんなは、お秀(ひで 18歳)と告げた。
三組(みくみ)坂をおりきるまで、黙ってついてきた。
同朋町(どうぼうちょう)の〔般若〕の猪兵衛の家は、さすがに明かりをつけていた。
平蔵の不意の訪れにもおどろかず、わけをきくや、
「よございやす。2,3日がうちに、妻恋町(つまごいちょう)あたりにそれらしい家をみつけやす]
早くも事情を呑みこみ、居合わせた小頭・〔黒門町(くろもんちょう)〕の儀助(ぎすけ 25歳)を、長野邸へやった。
「小頭のお前のこと、こころえているとはおもうが、香具師(てきや)の言葉遣いをして、長谷川先生に恥をかかすんじゃねえぞ。お店(たな)者らしい言葉で、そうだな、うちの〔化粧(けわい)読みうり〕のお披露目枠を買ってくださった、湯島切り通し坂下の伽羅油問屋〔西宮〕の者といい、長野さまがお出になったら、そっと、わしの名を告げ、打ち明けてこい。この役は、お前しか、できねえ」
(さすがだ。猪兵衛は元締になっただけに、機転もきくし、人遣いをこころえてきている)
平蔵は、猪兵衛を見直した。
「元締。残りもので申しわけないが、昨日、新川に着いた灘の酒だ。小頭が戻ってきたら、いっぱいやってくれ」
〔美濃屋〕がくれた角樽を押しつけ、懐の2両(32万円)を、家賃の前払といって包んだ。
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