盟友との宴(うたげ)(3)
「お上が代わり、先代の寵臣が退けられた例は少なくはない。五代・常憲院殿(綱吉つなよし 享年64歳)に重用された柳沢吉保(よしやす 享年57歳 15万1200石)どの、六代・文明院殿(家宣 いえのぶ 享年51歳)に仕えた新井白石(はくせき 享年69歳 1000石)どのにしても、下賜された家禄を返却させられてはいない。相良侯(田沼意次 おきつぐ 68歳)にとられたのは、まことに異例!」
いつもは醒(さ)めている浅野大学長貞(ながさだ 40歳 500石 小姓組番士)が、いささか義憤のこもった言葉を吐いた。
平蔵(へいぞう 41歳)がなにかと意次に目をかけられておることをふまえての大学の慷慨(こうがい)であったことは、永野佐左衛門孝祖(たかのり 41歳 600俵 西丸・書院番士) も察していた。
西丸の主(ぬし)だった家斉(いえなり 14歳)が用取次の小笠原若狭守信喜(のぶよし 68歳 5000石)ほか、小姓組番士を引き連れて本丸へ移ったのに、書院番が残されたことも、佐左(さざ)の不満であったが、ここは大(だい)に同調し、
「まさか、もう2万石収公などという追徴があるわけではあるまいな」
「いまの宿老衆では、そこまではいうまいが---」
いってから平蔵は、自分の予見に穴があることに気づいた。
(老中に入れ替えがあれば、ありうる!)
(これは、日をあらためて、双葉町のご隠居・本多伯耆守正珍(まさよし76歳 遠州・相良 前藩主 4万石)侯のご意見を徴してみる必要がありそうだが、この場の話題ではない)
「大(だい)さんのところの久次郎(きゅうじろう)くんは幾つかな?」
(子ども自慢なら他愛もなくていい)
「平(へい)さんのところの辰蔵くんより6年遅れだから、いま10歳。そろそろ騎射を教えようかとおもっておる」
「そんなに大きく育っていたか。で、騎射の師は?」
大学は微笑んで己れを指し、
「この仁にまさる騎射の師はいないとおもうがな」
3人とも声をそろえて笑った。
【参照】2010年7月27日[次女・清(きよ)]
大学は、将軍・重臣」が供覧する騎射の催しに小姓組6の組を代表する射手として幾度も選ばれ、しばしば時服や黄金をたまわっていた。
「それはそうと、平さんのところの名馬---」
「月魄(つきしろ)」
「そう、月魄。いちど騎射でせめてみたい」
「いま、下総のほうに放射にやっている」
「放射とは---?」
「雌の中へ---な」
「もう、そん齢か?」
「5歳だから、人でいえば20歳に近い」
「平さんは14歳だったな」
「忘れた」
また、笑った。
笑いがきっかけとなって、平蔵はある日の田沼邸でのことを思い出した。
【参照】2010329[松平賢(よし)丸定信]
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