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2010.05.21

本丸・小姓組6の組

「先夕、招いてくれた茶寮〔貴志〕を、こんどは、おれ持ちで、河野ご師範役を接待したいのだが、同席してくれるか? もちろん、女将どの自らの給仕が目あてだ」
本丸の同朋(どうぼう 茶坊主)が、書箋をとどけてきた。
本丸・小姓組6の組に、この2月から番士として出仕している、浅野大学長貞(ながさだ 29歳 500石)の頼みであった。

「明後日の夕方でよければ、ご馳走になる」
返書に小粒を添えた。

平蔵(へいぞう 30歳)は、本城に10組ある小姓組については、あまり通じていないが、大学に師範役としてついた河野鉄三郎利通(としみち 41歳 職給300俵)のことは、聞かされていた。

番士となって10年以上になるのに、家督もならず、功績らしいものといってなく、まあ、大過なく勤務してきたが、師範役という名誉職をもらってからは、ことごとにうるさいらしい。
(だい)め、篭絡をはかったか)

そのころの幕臣は、いくらかでも地位があがると、つけとどけを期待していた。

帰宅した平蔵が、すぐさま遣いを本所・石原町(現・墨田区石原2丁目)へ走らせ、書物奉行・長谷川主馬安卿(やすあきら 57歳 150俵)に、河野氏の家系を、明夕までにほしいと頼んだ。

届いた書き上げによると、宗家は伊予国の土豪だが、甲斐へ移って信玄勝頼に仕え、のち、徳川陣営に転じていた。
その支家の歴代は、小十人の組下、大番の番士、ニ丸留守居などを経、銕三郎利通の代となって初めて小姓組という陽があたる職についたといえた。

もっとも、父・源左衛門教通(のりみち 66歳 500石)が西丸の広敷用人として現役を放さないので、利通はそうしたときの小姓組の番士の職奉300俵を父の家禄とは別にうけていた。

ちゅうすけ注】このときから13年ほどのちに、長谷川平蔵宣以の長女・(はつ)が嫁いだ吉十郎広通(ひろみち 650石)の河野家とは、同じ越智(おち)氏系の河野姓ではあるが、子孫はほとんどつながっていない。

長谷川安卿は、ついでだからと、浅野大学の上役で番頭の小堀式部政明(まさあきら 39歳 5000石)のことも写してくれていたが、輻輳ぎみになるので、いつかの機会に記利すことにしよう。

〔貴志〕へは、予約ついでに顔をだし、軽く盃をかたむけ、明後日を期して引きあげた。

その日---。

平蔵はひと足さきに、〔貴志〕で待った。

里貴(りき 31歳)が、わざと女将らしい艶っぽい声で、
「お着きになりました」

河野師範役と浅野大学が連れだって着席した。
里貴の配慮で、上座に河野、折れた左手に並んで大学と平蔵の席がしつらえてあった。

河野は、大学から、老中・田沼意次(おきつぐ 57歳 相良藩主)かかわりのおんなと耳打ちされていたのであろう、里貴の酌を、かしこまって受け、
「女将どのは、相良の殿と---?」
いわずもがなのことを口にした。

「いえ、出が紀州ということだけで、みなさまがそうおとりになっているようでございます」
応えながら、否定はしなかった。
(これで、への師範役の接し方が変われば、安いものだ)
里貴には、あまりぶったくるな---といってあった。

心得ている里貴は、大学とはつきあいが長いようなふりをしながら、河野を主客としてもてなすので、利通も上機嫌で酒をすごした。

それでも、本丸・小姓組10組の中で、来年の日光参詣から洩れたことをうらめしげにぼやいいた。
選ばれたのは、1番手から5番手の組で、6の組から10の組までは江戸警備に残されたのであった。

「番頭どのが、組をお替わりになる工作がひびいているのだ」
たしかにその後、番頭の小堀式部政明は、将軍の日光参詣の直前---安永5年(1776)の2月、西丸の書院番頭へ転じた。

西丸の主(あるじ)は世子の家基(いえもと 15歳)で、参詣には随行しない。

「諸掛りを惜しんでいるにすぎぬ」
ふだんは言動に慎重な河野師範役が、番頭を痛罵した。
里貴のすすめ上手で、酔いが深まっていた。

宴が終わったときには、足元がふらつき加減で駕篭にたおれこんだ。
屋敷は、平蔵の本家にあたる大伯父・長谷川太郎兵衛正直(まさなお 67歳 1450石 先手・弓の7番手組頭)と同じ、番町新道一番町であった。
市ヶ谷牛小屋の浅野が、途中までつき添った。

御宿(みしゃく)稲荷脇の里の家で、かってしった棚から冷酒をだして呑みなおしていると、駕篭が戸口に着いた気配であった。

脇をあわただしく通りぬけながら、
「着替えますから、そのままお呑みになっていて---」
隣室へ消えた。

慣れてしまっている平蔵は、ふりむきもしないでうなずいた。

里貴は、例の腰丈の浴衣で、下にはなにも着ず、透きとおるほどに白い太腿(ふともも)をまともに見せつけながら、
「あれで、よろしかったのですか?」
「上等々々。大学も喜んでいた」
「しゃ、ご褒美ください」
あぐらの平蔵の着物の裾をさっとひらき、下帯の前をずらした太ももの上に、大股をひろげ、真向かいから腰をおとし、口うつしの酒をもとめた。

甘えることで、情愛を深めている。
惚れている男と2人きりだと、おんなは、いくらでも、淫らになれるものらしい。


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(河野銕三郎利通の個人譜)


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