医師・多紀(たき)元簡(もとやす)(5)
「どうして妻帯をしないのか? とお訊きになりました」
筋違橋の手前で、多紀元簡(もとやす 26歳)が立ち止まり、平蔵(へいぞう 35歳)を瞶(みつめ)た。
「そこの茶店で、答えをお聞きくださいますか?」
「よかろう」
店の小女に注文をだしておき、
「長谷川さまは、先刻、『房内篇』にお触れになりました」
「うむ」
「[第二十二章 好女(こうじょ)---いい女とは]をお読みになりましたか?」
「いや」
「『房内篇』がいう好女---とは、美人のことではありませぬ。交接にぴったりのおんなという意味です」
要するに、セックスが最高に楽しめるおんなについて『房内篇』は、古今の体験の結果を次のように総括していると、元簡が暗誦した。
暗誦できるほどに読みこんでいたのである。
〔入相(にっしょう)女人(にょにん)〕とは、天性が素直(すなお)、気質も声も温和。
毛髪は黒く、細く、艶やかで絹糸のよう。
肌は白くて柔らかで、骨は細く、中肉中背。
秘所は上つき。
そのときの愛液はたっぷりめにだせる。
恥毛はないか、あっても絹糸ようのが少し。
年齢は25歳から30歳までで、子を産んだことはない。
この条件を満たしている女性は、
交接のときに淫水を流れるほどに出し、
ゆれうごく躰を自分ではとめることができない。
しかも、男性の求めるままに躰が柔軟に応ずるので、
男性は、交接によって精力を減ずることがない。
(里貴(りき 36歳)のことがいわれているようだ。
もっとも、里貴はいまでこそ36歳だが、初めてのときは、おれが29歳、里貴は30歳---ぎりぎりのところであったな)
また、こうも書かれている。
骨は細い、肌は肌理(きめ)細やかで艶があって若々しい。
しかも、透きとおるほどに清らか。
肉づきはたおやかだが、指の関節はくぼむほどに細い。
耳も目も高めになっている。
脊丈は高からず、低からず。
腿(もも)の肉(しし)おきはたっぷりしている。
玉穴は高めについているほうが具合がいい。
躰中の感覚が鋭敏で愛撫にすぐに応ずる。
しかも、真綿(まわた)のように柔軟。
体の生毛(うぶげ)は目立たない。
玉陰はたっぷりとうるおっている。
このような女性から生まれる子は、
才知がすくれていよう。
「このような女性(にょしょう)には、なかなかめぐりあえませぬ。それで、妻帯を逸してきました」
(おれは、芙沙、阿記、お静、お竜、久栄、貞妙尼、里貴---と、それぞれに肌あいは異なるとはいえ、恵まれすぎたのだ)
「望みが高すぎるとは申さぬ。元簡どのがお求めの女性(にょしょう)は、かならず、みつかりましょう」
(げんに、おれが、5指にあまるほどめぐりあっているではないか)
こころの悩みの一つを打ちあけた元簡は、平蔵を真友のひとりに加えたようであった。
【ちゅうすけ注】『医心方 巻二十八 房内篇』ついては槇 佐知子さん訳の筑摩書房版を参考にさせていただきました。
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コメント
ちょっぴり、危険なテキストです。
唐の時代の女性の評価なんでしょうね。
しかも、王宮の後宮の女性たちの。
江戸でいえば大奥でしょうか。
投稿: 文くばりの丈太 | 2010.12.22 10:47
こんな尺度で評価されるのは失礼です。
しかし、一面では、わからないでもありません。
人間の欲望の大きな部分ですから。
投稿: tomo | 2010.12.22 10:50
>文くばりの丈太 さん
そう、ちょっぴりの危険。
でも、そういう視点からの医学書ですから。
医師・多紀元簡(もとやす)のような信奉者もいたでしょう。
投稿: ちゅうすけ | 2010.12.22 14:04
>tomo さん
翻訳者の槙 佐知子さんもおっしゃっているように、男性中心の記述のきらいもありますが、好色という感じは少なく、王者のための指南書といえましょう。
現代、男性で王者といえるほどの人はきわめて少ないでしょう。
投稿: ちゅうすけ | 2010.12.22 14:20
池波さんも『房事篇』を読んでいたかも。文庫巻7[掻掘のおけい]が好女に近いのではないかとおもっています。
投稿: ちゅうすけ | 2010.12.22 14:26