医学館・多紀(たき)家(5)
「壮年にもどすといえば、三河町の御宿(みしゃく)稲荷脇の家でもっていた、秘画はどうした?」
【参照】2010年5月17日~[浅野大学長貞(ながさだ)の憂鬱] (2)
「紀州へ帰るときに、一つだけ残して処分しました」
立って、戸袋から絵草子を取りだし、ひらいた。
(北斎『嘉能会之故真通(かのえのこなつ)』部分 小蛸のつぶやき
「親方がしまうと、またおれがこのいぼで、さねがしらからけつのあなまでこすってこすって、きょやらせたうえでまた、すいだしてやるにヨチウヨチウ」)
「どうしてこの絵なのだ?」
「銕(てつ)さまの愛技に似ています」
「満ちたりているのだな?」
「たっぷり---」
平蔵は、春本の絵を睨んでは、里貴(りき 35歳)へ視線を移す仕草をくり返した。
「絵のような表情には、抱かれていないことには、なれません」
「そうではない。朝鮮人参を求める客は、このような春本や秘画も購(あがな)うはずと、おもいついたのだ」
「齢をとればとるほども、執着が増すといいます」
(こういうものを扱っている店のことは、〔耳より〕の紋次(もんじ 37歳)か、〔於玉ヶ池(おたまがいけ)〕の伝六(でんろく 39歳)代頭(だいがしら)だが、佐々木伊右衛門(いえもん 41歳)同心も気がついていよう)
「銕さま。蛸---」
翌日、下城の道すがら、両国橋西詰・米沢町2丁目西露路で、紋次を呼びたした。
広小路の並び茶屋の美貌の女将・お幾(いく 31歳)の店へ案内された。
お幾は飛び上がらんばかりにすり寄ってきたが、
「内緒の話がすんでからにしな」
紋次がさえぎると、不満げに茶釜のところへ下がった。
「このあたりで、精のつく朝鮮人参を売っている店は---?」
「みんなが知っていやすのは薬研堀の〔四ッ目屋〕でやす」
(女小間物の〔四ッ目屋〕 『江戸買物独案内』)
聞き耳を立てていたお幾が、
「〔四ッ目屋〕って、あたしのような独り者の年増が、手なぐさみで満足するものを売っている店です」
「そういう下卑た話じゃねえんだよ。もちいと、引っこんでな」
腰を折っておいて、
「しかし、ここんところ、金持ちの旦那衆がひそかに通っているのは、橋本町4丁目、馬喰町・初音ノ馬場北の〔三ッ目屋〕で、ここの人参は、種馬になったかとおもうほど効くそうで---あっしは、まだその齢じゃねえんで、験したこたぁねえが---」
(馬喰町・初音の馬場 『江戸名所図会』 塗り絵師:ちゅうすけ)
またもお幾が口をはさんだ。
「〔三笠屋〕の旦那の話じゃ、〔四ッ目屋〕のは3ヶ月も服用をつづけないと硬くならないけど、〔三ッ目屋〕のはその半分のうちに連戦できるようになるって---」
紋次がじゃけんに押しかえした。
〔三ッ目屋〕の仕入れ先をあたってくれるように頼み、ほかに噂を聞いていないか問うと、
「なんでやすか、『医心方』ってえ、唐土の天下将軍さんが密(ひそ)かに読んでるそっちのことを手ほどきした写本を売っているってささやかれていやす」
「『医心方』---?」
松造(まつぞう 29歳)を芝新銭座の表番医・井上立泉(りゅうせん 62歳)のところへ走らせた。
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コメント
平蔵さん、いよいよ、香具師の世界から江戸のアンダーグラウンド(セックス産業)の世界にふみこみますか。ふ、ふふふ。
投稿: 文くばりの丈太 | 2010.12.16 05:25
>文くばりの丈太さん
春本や秘画がアンダーグラウンドの世界だったかどうか、いまの解放されたセックスものとどっちがどうか、調べたことがありません。安永・天明年間の『御触書』や『市中取締令』などをくってみます。
断片的には、松平定信の時代に規制がきびしくなったことは、秘画浮世絵師が手鎖などの処罰をうけていた例などからうかがっています。なんだか、東京都議会のマンガ規制決議みたい。
きょうの北斎の芸術的傑作も、今後、ネット規制にひっかからなければいいいのですが。
投稿: ちゅうすけ | 2010.12.16 09:16