浅野大学長貞(ながさだ)の憂鬱(2)
「妹の於喜和(きわ 24歳)の相手の男は、弟・周五郎(しゅうごろう 25歳)だったのだよ」
「たしかか?」
「母親は異なる兄妹だが---」
於喜和の部屋を掃除した小間使いが、読物本にはさんであった艶絵をみつけ、おもわず自分の部屋へ持ちかえり、同輩の小むすめに見せたことから発覚(バレ)た。
(湖竜斉『色道十二番』 イメージ)
浅野大学長貞(ながさだ 29歳 500石 小姓組番士)の妻・於四賀(しが 24歳)が、話のついでに、
「召使いなどの目もあるから、お気をおつけになりますように---」
勘違いした於喜和が、
「周五郎さまがおかわいそうで---」
問いつめると、秘画は、2人で睦みあうときに気持ちを高ぶらせるために見ていると告白した。
周五郎がかわいそうとおもったのは、24、5歳の男ざかりなのに、それを放散する小遣いもない、それに於喜和もひとり寝をさみしくおもっていたとき、手洗いに起きたら、暗い中ではばかりから出てきた周五郎にぶつかり、おもわず抱きついたのがことの始まりで、そのまま厠で口を吸いあい、乳房をもまれ、寝床へみちびいたと。
艶絵は、16歳で嫁(か)するときに側室だった母がもたせたくれたものと、曲渕の亡夫が集めていたものだとも。
亡夫が秘していたのは、荒々しい絵がらのものがとりわけ多く、鬱積している2人には、その種の絵のほうが気分の高ぶりと愉悦が深まるとも、うっとりとした表情でいったらしい。
「室が顔を赤らめていたよ」
(国芳『星月夜糸之調』 イメージ)
(国芳『原源氏』 イメージ)
(歌麿『歌まくら』 イメージ)
「なんだか、おもしろそうなお話らしゅう---お済みになったら、お食事はいかがいたしましょう?」
はいってきた里貴(りき 31歳)の白い顔の双眸(りょうめ)の縁(ふち)あたりにも薄い桜色がさしていたから、しばらく外で聞いていたにちがいない。
「あら、お酒がすっかり冷めております、取り替えてまいりますね」
平蔵(へいぞう 30歳)をながし瞶(み)た双眸が、こころなしかうるんでいた。
銚子をもって出ていく腰は重そうであった。
ほてっているのであろう。
この日、里貴が初めての大学は、その素振りには気づいていない。
抱いている平蔵だけに、察することができ、内心、ほくそ笑(え)んだ。
「用の向きはわかった。だが、すぐには知恵がうかばない」
「下働きの者たちのうわさになると---」
「そうだ。妻恋町の佐左(さざ)のお秀(ひで 享年18歳)の家がそのままになっている。どちらか、あそこへ移したら?」
佐左とは、2人の盟友・長野佐左衛門孝祖(たかのり 29歳 600俵 西丸書院番士)である。
せんだって、側女(そばめ)のお秀と産児を失ったばかりだった。
【参照】2010年5月12日[長野佐左衛門孝祖の悲嘆]
御宿(みしゃく)稲荷側の里貴の家で俟(ま)っていると、駕篭が着いた。
立ったままで、平蔵の手の盃から一口のむと、隣室で手早く浴衣に着替えた。
なんと、腰丈(こしたけ)につくっていた。
(いまでいう、超ミニである)
「ずいぶん、変わった浴衣だな」
「尾張町の恵比寿屋であつらえるとき、はずかしいから、案山子に着せるのだといいましたの」
(尾張町の恵美須屋呉服店=左端
『江戸名所図会』塗り絵師:ちゅうすけ)
手にかかえていたのは、秘画であった。
「舅どのからいただきました。むかしのお武家は、出陣のとき、何枚もお守りのかわりに秘めていたんだそうです」
「それは知らなかったな」
'(北斎『ついの雛形』 イメージ)
「高まりますか?」
「あの部屋の外で聞いていたな?」
「お分かりになりました?」
「里貴の腰がだるそうであった」
「いまも---ほら」
腰丈の浴衣をめくるまでもなかった。
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