豊千代(家斉 いえなり)ぞなえ(10)
「その---太田備後(守) 資愛 すけよし 47歳)さまが西城へ、少老(若年寄)としておはいりになると、だけ---」
「お寝間で---?」
佳慈(かじ 31歳)の目は、まだ、笑っていた。
「は---いや---」
口ごもる平蔵(へいぞう 36歳)に、その夜の里貴(りき 37歳)の白い裸身がうかんだ。
「ことの前に、灯芯をおあげになるんですってね」
「そんなことまで---?」
「おほ、ほほほ---。おなごは、淫(みだ)らなことを打ちあけあってこそ、こころが通じあうのです」
笑いをおさめ、
「殿が仰せになりました。銕三郎(てつさぶろう)に抱かれて、里貴はしあわせを拾った、って---。銕は、理もわきまえながら、情を充分にはたらかすことができる。武士としては珍しく利(原価)も忘れないし、仁(いつくしみ)のこころも篤い。まれにみる現実の読める若者と---」
「かたじけないことながら、買いかぶっておられます」
「いいえ。深く視ておいでです。里貴さまがいなければ、わたしが拾われたかった」
一礼し、平蔵は立った。
「あら、お酒(ささ)がまだ残っております」
「佐野の兄者のお供をしなければなりませぬゆえ---」
「お酒もですが、こころ残りだこと---」
元の部屋へ戻ると、佐野備後守政親(まさちか 50歳)が待ちかねていた。
意次へあいさつし、門をくぐり、
「兄者---」
「武士は、歩きながら話してはならぬ。ついてこい」
低い声で、きつくたしなめられた。
三十間堀2丁目で小さな軒行灯に〔打田〕と記している料亭風の座敷へ上がった。
「こんなところに、こんな小粋な店があるとは---」
「目付時代に、ときどき、独りで呑みにきておった」
佐野備前(守)は、西丸の目付を11年間勤め、4年前に堺奉行へ転じ、このたび大坂町奉行に栄転した。
〔内田〕の女将は、50がらみの品のいいおんなで、古いなじみの突然の来訪にもあわてなかった。
「酒はいい」
茶を運ぶと、音もたてずに消えた。
「銕は、このたびの豊千代(とよちよ 9歳)さまの西丸入りをどう見ているのだ?」
「民部卿(一橋治済 はるさだ 31歳)さまとの成り行きかと---」
「太田備後(守資愛)侯の西丸・少老(若年寄)主座は---?」
「読めませぬ」
「譜代衆による紀州勢の封じこみ---引いては、田沼侯への足枷(あしかせ)嵌め---」
「譜代衆---? 一橋は紀州直系ではございませぬか?」
「権力をにぎりたい者は、見境がなくなる」
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コメント
{おなごは、淫(みだ)らなことを打ちあけあってこそ、こころが通じあうのです」
平蔵さんの女性観だかちゅうすけさんの人生哲学だかしりませんが、すごいセリフですね。
真実かも。
投稿: 左兵衛佐 | 2011.02.24 06:06