火盗改メ・堀 帯刀秀隆(6)
「では、ごゆるりとお寛(くつろ)ぎくださいませ」
一通り酌をしおえた里貴(りき 37歳)が引きさがった。
「ここは、相良侯(田沼意次 63歳 4万7000石)の息がかかっております」
贄(にえ) 壱岐守正寿(まさとし 41歳 火盗改メ組頭)の言葉に、本多采女(うねめ)紀品(のりただ 67歳 隠居料300石)が、
(む?)
たしかめる表情を平蔵(へいぞう 36歳)へ向けた。
「いや、言葉を誤りました。相良侯が後見をなされておるという意味です」
壱岐守があわてていいわけしたのに、平蔵が足(た)した。
「寮名の〔季四〕は、女主人の生地--紀州の貴志村の当て字だそうです。一橋北詰にあったときは、〔貴志〕とそのままの店名にしていました」
平蔵の双眸(ひとみ)の奥をのぞくように視た紀品はすぐIうなずき、
「なるほど、紀州つながりというわけじゃな」
ゆっくりと盃を平蔵へさしだし、酒を促し、つぶやくように、
「よいおんなぶりでもある。齢は30歳をすぎた---おんな盛り---」
「ご隠居のいまのお言葉を告げてやると、飛びあがって喜びましょう」
そういった平蔵へ、
「おんなの齢は、見た目よりも5歳は若くいうのが作法である」
笑った。「
「はっ。心得ました」
「ところで、贄 どの。堀 帯刀組頭どののところの与力の名がほしいのではござるまい。本題は---?」
「恐れ入り---じつは、組頭どのの内所(ないしょ)の用人にとかくの風評があり、たしかな所存を告げてくれる与力をご紹介いたたければと---」
「うむ---」
しばらく瞑目していた本多元称老は、末席の筆頭与力へ、
「脇屋(清助 きよよし)うじは、第16の組の氷見(ひみ)健四郎(51歳)与力をご存じかな?」
細い目を見開いた脇屋筆頭が、
「存じあげませぬ」
「さもあろう。人ぎらいゆえな」
含み笑いをし、言葉をつないだ。
「口数はな少なく、ほとんど話さないが、その分、耳と眸(め)を開いておる。何時であったか、なぜ、そのようなことを見聞きしておると訊いてみたことがあった。そしたら、口は1つきりだが、耳と鼻は2つずつ穴があいております。これに双眸(りょうめ)を加えると、6倍の働きになります---と答えられましての」
「算術はお説のとおりですな。脇屋。こころしてご交誼をお願いしてみよ」
贄 正寿は満足げであった。
〔黒舟〕の屋根船で帰る3人を見送っあと、藤ノ棚の灯芯を高めた寝間で、紅花染めの短い寝衣の里貴の口を吸い、掌で胸をまさぐりながら、
「口は1つ、乳房は2つ、薄い茂みに穴1つ---」
「なにがおっしゃりたいのですか?」
「おれにとっての宝ものってことさ」
里貴の抜けるように白かった乳房は、早くも淡い桜色に染まり始めていた。
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