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2011.05.03

おまさの影(4)

その夜、珍しく、平蔵(へいぞう 37歳)は寝つかれなかった。

ああでもない、こうでもないと、考えが堂々めぐりをしたのであった。

蔵元〔神座(かんざ)屋〕の引き込みをつとめたおんなは、おまさ(25歳見当)とみてほぼ間違いない。

一味の首領は、尾張の男であろう。
尾張の誰であるかは、江戸へ戻ってから、〔銀波楼〕の女将・小浪(こなみ 44歳)にあたってみるなり、火盗改メ・本役の(にえ) 壱岐守正寿(まさとし 42歳)のところで、筆頭与力の脇屋清助(きよよし 54歳)に記録を洗ってもらえばわかるかもしれない。

しかし、それがわかると、おまさを手配することになりかねない。
(おれは、おまさが磔になって処刑されるのを見すごすことができるであろうか)

法の決まりからいえば、仕置き(政治)の側の禄を食(は)んでいる者として、おまさを見のがすのは道理に反する。
しかし、心情としては、捕縛にかかわりたくない。

では、あすの〔神座(かんざ)屋〕の聞きこみを手かげんするのか? いや、そんなことをすれば、三宅重兵衛(じゅうべえ 42歳)や古室(こむろ)忠左衛門(ちゅうざえもん 30歳)が気づくかもしれない。

2人が気づかないまでも、岡っ引きの宇三(うぞう 38歳)は、おれが〔扇屋〕の辰次(たつじ 60歳)から聞き出したことを嗅ぎつけ、陣屋へ注進するであろう。

評定所へ呼びだされ、糾問されたら誤魔化しきれるものではない。

では、〔扇屋〕の万次郎(まんじろう 51歳)と辰次に口どめを頼むか?
いや、そういう小細工は、かえって危険だ。

起きあがった平蔵は、行灯の芯を高め、京都の河原町通り米屋町東入ルの高級骨董の〔風炉屋}を隠れ蓑(みの)にしている〔狐火きつねび)〕の勇五郎(ゆえごろう 62歳)あてに書状をしたためはじめた。

10年間の無沙汰を詫びたあと、お(しず 享年26歳)の冥府行きのとにはわざとふれず、前にも尋ねたとおもうが、妹同然のおまさの安否を気にかけていること、じつはある事件の手伝いで嶋田宿にいるのだが、おもいもかけず、おまさ又太郎(24歳)との妙な噂が耳にはいった。
おまさ が〔狐火〕一味にいるのであれば安心なのだが、どうも、そうではなさそうだ。
おまさについては、兄代わりのつもりでいるので、いま、おまさはどこのお頭のところにいるのか、南本所の屋敷へしらせてはもらえまいか。

幾度も筆を休めながら、概略、こんなことを、誠意をこめて綴った。
返事がくるとはおもっていなかったが、書いているうちに気が鎮まった。

封をしてから、書簡を布団の下へ入れ、冷やの寝酒をあおって床についた。

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