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2011.05.04

本陣・〔中尾〕の若女将お三津

早朝、寝不足ぎみであったが、太棒を借り、庭の隅で双肌を脱ぎ、500回の素振りをこなし、一刀流の組み太刀の型を終えたころには、頭が冴えていた。

三和土(たたき)の通路の出口で、若い女中が絞った手拭をわたしてくれた。
先刻から、素振りを見、待っていたらしい。
「すまぬ」
胸から脇の下をぬぐうと、
「お背中をお拭きいたします」
手拭をうけとり、手桶の湯でしめし、しぼりなおして後ろへまわった。
肩をやわらかい掌で抑えてから、脊の汗ををまんべんなくぬぐった。

ふりむいて礼をいうと、顔をあからめ、
「明日もお稽古なさいますか?」
「うむ。そなた、名は---?」
三津(みつ)と申します」
「おかげで、やっと目が醒めた。醒めた目で見ると、若さがみなぎっておるな」
受け口と黒い双眸(りゅうめ)が、どこかおまさに似ていた。
おまさに、成熟したおんなの色気を発散させるとこうなる---と、つい、おもった。

尾張藩、紀州藩の参勤交代の時期には半月から1ヶ月ほど早かったから、客ははほとんど小人数の公用の上り下りの武家だけであった。
川止めがないから、3泊、4泊というのは、平蔵(へいぞう 37歳)と建部組(にえ) の同心2人だけのようであった。

その分、本陣側の者たちも人数を減らしていた。
三津が残り組に選ばれているのは、それだけ気がきいているからと、平蔵はふんだ。
顔もととのっていた。

朝餉(あさげ)の給仕もお三津であったから、気やすく話しかけた。
「お三津どのの実家は、この宿の近くかな?」
含み笑いをして、応えなかった。

「この宿場近くの育ちなら、蔵元の〔神座(かんざ)屋〕のことでなにか耳に入っていよう、聞かせてほしい」
長谷川さまは、火盗改メ方のお人ではないのに、なぜ、〔神座屋〕さんの事件におかかわりあいになられておられるのでございますか?」
「われは西丸といって、お上のお世継ぎがお住まいになっておるほうの城の、書院番士でな」
「存じております」
「ほう---」

「御陣屋からの宿泊の書状に記されておりました」
「〔中尾〕では、そのようなものまで使っている者へ報らせるのかな? ずいぶんと念のいっていることよ」
三津はまた微笑んで、
「私は、使われている者ではございません。〔置塩〕のむすめでございます」

平蔵はおどけて座りなおし、
「これは恐縮。〔置塩〕家の姫、お手ずからの給仕の朝餉とは---」
箸を置き、深々と頭をさげた。

三津もすこし下がり、額が畳につくほどに下げ、
「殿方から、姫とお呼びいただいたのは初めて---うれしゅうございます」
2人は、声をそろえて笑いあった。

三津は、平蔵が箸を置くとき、口をつけている先のほうを手前にしたのを不思議がった。
4年前に勘定見習・山田銀四郎善行(よしゆき 36歳=当時 150俵)から教わり、以後、ずっとそうしていると告げると、お三津はうなずき、
「礼にかなっております」

参照】20101031~[勘定見習・山田銀四郎善行] () () () (

「失礼---」
腕をのばし、平蔵の膳から箸と箸置きをとり、先端を口へ入たのち、微笑んだ。

平蔵がうなずくと、も一度、口にふくんだ。
こんどは長かった。
平蔵が使っていたところをゆっくりと舌で愛撫し、箸置きへ戻した。

長谷川さま。お箸を清めましょうか、それとも---」
「そのままでよろしい」

受けとった箸の先端をふくみ、平蔵も舌でまさぐった。
三津の口紅の味がした。
そのしぐさを息をつめて瞶(み)つめ、首筋から頬へかけて上気したお三津が、ふっとため息をもらし、
長谷川さま。私は、〔塩置〕の三女ですが、出戻りでございます」
「ほう---」
「掛川城下の本陣に嫁いでおりましたが、3年があいだ、ややができず、ほかにややをつくられまして---」

「まだ、20歳前とおもっていたが--」
「22歳でございます」

「掛川には、肴(さかな)町に〔花鳥(かちょう)〕という料亭があったな」
「藩のご重役につながるお店ですね」
三津の言葉遣いがかすかに変化し、ぞんざいになった。

平蔵は、13年前、川がみおろせるしもた家で、お(りょう 30歳=当時)が演じてくれた孔雀という性技をおもいだし、
(朝っぱらから、不謹慎だぞ)

参照】2009年1月24日[銕三郎、掛川で] (

「つい、話しこんでしまった、朝餉に、これほどの暇をかけては、宿が迷惑---」
「いいえ、久しぶりで楽しめました。この箸は記念に、大切にしまっておきます」

「お三津どの。髪結いを呼んでもらえまいか?」
「承りました。でも、その前に湯殿をしつらえますから、小半刻(こはんとき 30分)ほどお待ちになって---」


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