蓮華院の月輪尼(がちりんに)(6)
護持院の惣門を出ようとして、富士見坂を下ってきた辰蔵(たつぞう 14歳)の姿をみかけた。
春日通りの近道をたどったらしい。
足取りが生き生きしていた。
扉に身を隠した。
(月輪尼(がちりんに 23歳)に会えば、われがきたことは発覚(ばれ)る。われからいうより比丘尼の口から聴かされたほうが、辰蔵の齢ごろだと素直にうけとるであろう)
平蔵(へいぞう 38歳)の即断であった。
覚えがあった。
父・宣雄の独創ぶりが褒(ほ)められると、誇らしい気持ちとともに、妬(ねた)ましいさがその倍も湧いたものだ。
いや、父を尊敬しないというのではなく、超えなければならない高みにふるえるのかもしれなかった。
【参照】2007年12月18日~[平蔵の五分(ごぶ)目紙] (1) (2) (3)
(われは辰蔵にとって、亡父・宣雄(のぶお 享年=55歳)ほど考え深い父親ではないかもしれない。亡父は、少年のわれを、老中を罷免された前老中・本多伯耆守正珍 まさよし 50歳=当時 前田中藩主)侯にお目通りさせてくれていた)
【参照】2007年6月19日~[田中城しのぶ草] (1) (2) (3) (4) (5) (6) (7) (8) (9) (10) (11) (12) (13) (14) (15) (16) (17) (18) (19) (20) (21) (22) (23) (24) (25)
翌年、宣雄は銕三郎(てつさぶろう 14歳)を駿州・田中城と長谷川家のかつての拠点・小川(こがわ)へ旅をさせ、箱根で〔荒神(こうじん)〕の助太郎(すけたろう)との生涯にわたる因縁ができたし、三島宿では若後家・お芙沙(ふさ 25歳)から性の手ほどきをうけた。
兄者格として、佐野与八郎政親(まさちか 25歳=当時 1100石)を頼んでもくれた。
【参照】2007年6月5日~[佐野与八郎政親] (1) (2)
(そうだ、辰蔵に指南役をつけねば---)
このとき、性の指南役として月輪尼を平蔵がかんがえていたかどうかは、ちゅうすけにはわからない。
辰蔵がいそいそと惣門をくぐり、蓮華院のほうへ消えるのを見とどけ、江戸川橋下に待たしていた小舟で、亀久町の里貴(りき 39歳)の病床へ座った。
看護婦のお専(せん 24歳)は昨晩の醜態をおぼえていないのか、いつもと変わらない几帳面な所作で里貴の世話をしているので、胸をなでおろした。
ゆうべ、奈々(なな 16歳)が頭(かしら)をしている座敷女中の4人組が、きょうから昼づとめに代わるといっていたから、帰ってくるのは七ッ(午後4時)前であろう。
湯を手桶に入れてき、
「お躰をお拭きします」
お専が布団をめくり、里貴の寝衣の帯紐をほどいた。
光を透かすほどに青白かった胸元は、白いことは白いが艶がなく、どことなく萎(しぼ)んだでいるようであった。
「毎日のことか---?」
「はい。毎日拭かないと、匂います」
平蔵の問いかけに応えながらも、お専の手はとまらなかった。
胸から腹、横たえて背中をすませたお専が、手拭を湯につけなおしながら、平蔵に視線を流した。
下腹から脚にとりかかるらしいと察し、表の部屋へ移った。
(そうか、この拭きで、里貴の局所の絹糸の本数を数えたな)
苦笑するとともに、できることならわれの手で清めてやりたいとおもいもし、今朝方、多紀安長元簡(もとやす 29歳)に吹きこんでおいたから、お専が辞めると申しでるはずはないと断じた。
奈々が帰ってきた。
「奈々。おかしい話というのを、里貴にも聴かせてやろう」
普段着に着替えて降りてき、女中師範のお栄(えい 51歳)が4人組の座敷女中の名を、おお春、お夏、お秋、お冬に変えたことを話した。
「お店の名が〔季四〕で、女中が4人だからちょうどいいって」
里貴が苦しげに笑った。
その笑いを、平蔵は承諾と受けとめた。
(お栄も、〔季四〕のためによかれと考えてくれている)
「しかし、お春が2人、お夏が2人では、どちらのお春か、混乱するのでは---?」
平蔵が呈した疑問に、
「それはうちうちのことやから、ええ,ねん。うちうちやと、奈々の組のむすめ(こ)は同じ名前のこよりはちいとは若いよって、初春(はつはる)、初夏(はつなつ)、初秋(はつあき)、初冬(はつふゆ)って呼びあうん」
里貴がまた笑った。
「お栄お師範はんのすごいとこは、女中衆の座敷着を無地にきめ、お春は若葉色、お夏はつゆくさ色(水色系)、お秋はべに色、お冬はりんどう色(藤色系)に決めはったこと。寒ければ袷(あわせ)、 暑ければ絽(ろ)ということもあるやろけんど、年中、ひと色ですせられるから、着物代が:倹約できるゆうて---」
里貴は、笑いよりもあきれ顔であった。
お専が、里貴に薬湯をあてがい、しばらくして薬が効いて眠りにお落ちると、
「殿さま。奈々さまをお連れになり、どこか美味しい店でお召しあがりになっきてください」
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コメント
四人の座敷女中に、春、夏、秋、冬という座敷ネーム---秀逸なアイデアです。しかも、着物の色も呼び名にあわせるというのは経済の問題より頓知の勝負です。
投稿: 文くばりの丈太 | 2011.08.15 05:38
お専さん、奈々さんと平蔵さんをいっしょに外食に出したら、あぶないじゃ、ないですか。奈々さんはその気満々ですよ。猫に鰹節よ。
投稿: tomo | 2011.08.15 05:44
>文くばりの丈太 さん
座敷女中師範のお栄の発案をお認めくださり、ありがとうございます。商いは日々のアイデア勝負です。とくに〔季四〕のような上客相手の商売は、来るたびに目を見張らせる仕掛けがないと。それが料理の工夫であれ、床の間の生け花であってもいいし、女中の髪型かもしれません。
投稿: ちゅうすけ | 2011.08.15 07:14
>tomo さん
>お専さん、奈々さんと平蔵さんをいっしょに外食に出したら、あぶないじゃ、ないですか。猫に鰹節よ。
うーん、どうなりますことか。奈々---16歳、平蔵---38歳。22歳の年齢差は、父娘ほどのものですが。
投稿: ちゅうすけ | 2011.08.15 07:22