蓮華院の月輪尼(がちりんに)(7)
〔外出着(そとゆきぎ)に着替えるのん、面倒やしィ---」
奈々(なな 16歳)のいい分をとおし、歩いて2丁と離れていない、〔季四〕の裏手の支堀ごし、海福寺門前の一本うどんの〔豊島屋〕にした。
(海福寺 『江戸名所図会』 塗り絵師:ちゅうすけ)
上方育ちの奈々が、蕎麦よりうどんのほうが口慣れしているのと、一本うどんははじめてということもあった。
〔五鉄〕もかんがえないでもなかったが、久栄(ひさえ 31歳)と顔なじみの三次郎(さんじろう 33歳)に奈々を引きあわすのは、もっと先でいいようにおもえたので、見合わせた。
もっとも三次郎は、お竜(りょう 享年33歳)も見知っていたが---。
【参照】2008年11月23日[〔五鉄〕のしゃもの肝の甘醤油煮]
〔豊島屋〕では、奥の離れと酒を頼んだ。
「外で、おじさまと2人でお酒を呑むの、初めて。なんや、逢引きしている感じ---」
「昨夜のこと、お専(せん 24歳)は、酔いつぶれていても察していたかもな」
「自分があんな恥ずかしい姿態をさらしたんやし---」
「お専のことはいえまい? 奈々も見せたのだから」
「ぷっ。おじさまが最初(はな)に見せたんちゃう? そやよって、おあいこにしたん」
話とともに酒がすすんだ。
一本うどんがきたときには、奈々はかなり酩酊していた。
「太い。10歳の男の子のおちんぽほどの太さ---」
「見たのか?」
「村の子は、みんな平気なん」
「奈々も見せたか?」
「月の徴(しる)しがはじまるまでは、見せていたかも---」
「よく、無事でこられたな」
「危ないのは、男の子より、婆さのほう---」
「山の女神の丹生(にう)さまか?」
「あ、その話、なし---」
奈々が泣くような声でさえぎった。
【参照】2011年7月15日[奈々という乙女] (7)
それでほぼ察した平蔵は、さっと話題を、月輪尼(がつりんに)に転じた。
「奈々は、里貴おばさんには教えないと誓えるか?」
「おじさまの新しいおんなのことだと、誓えない」
「われのおんなではない。辰蔵のおんなだ」
「そんなら、誓える。おもしろさそう。わくわくしてきた」
真言密教の秘法で、夢の中で交接した気持ちにさせるのだというと、双眸(りょうめ)を輝かせ、
〔自分がおもっている男の人と、している気持ちになれるの?」
「そのようだ」
「わあ、いい、いい。奈々も受けたい」
「誰と、するのだ---?」
「教えたら、おしさま、連れていってくれる---?」
「うむ」
「いやだ、いえない。自分で夢の中でするから、いい---」
本気でふらついているのか、演技なのか、平蔵もはかりかねたが、亀久町の家へまっすぐに帰ると、お栄や遅組の寮のむすめたちに会いそうな時刻だったので、奈々の乳房を右腕に感じながら、遠回りし、3丁ですむところを倍も歩いた。
不思議なことに、奈々は黙したまま双眼(りょうめ)をつむり、陶酔したようにもたれかかっていた。
帰りつくと、寝着のお専が出迎え、行灯の火で蝋燭を点(とも)してわたし、そのまま病間へ引き下がった。
裏の階段を、平蔵は奈々の尻を片手で押しながら、のぼった。
布団をのべ、奈々の帯を解き、着物のまま抱きあげてそっと寝かし、階段をおりると、下にお専が立っていた。
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コメント
おお、一本うどんとお酒だけで終わりましたか。それでよかったという気もするし、奈々ちゃん、「何をぼやぼやしてるのよ」ってけしかけたいし。
でも、それでは里貴さんがあわれだし。複雑です。
投稿: tomo | 2011.08.16 05:18
豊島屋ならぬ、本郷の高田屋で、静岡SBS学園の鬼平クラスのお江戸ウォーキングで、メンバー16人と一本うどんを食べたことを思い出しました。
投稿: otsuu | 2011.08.16 05:26
>tomo さん
ご期待に沿えず、申しわけありません。、
投稿: ちゅうすけ | 2011.08.16 15:07
>otsuu さん
そうでした。静岡のSBS学苑の鬼平クラスは、6年間のうちに高田屋さんに2度食べに行きました。
投稿: ちゅうすけ | 2011.08.16 15:14