天明3年(1783)の暗雲(7)
「神田佐久間町の躋寿館(せいじゅかん)の多紀安長(やすなが 元簡(もとやす 29歳)どのに、〔季四〕の女将が倒れたと告げ、すぐに往診をたのめ」
里貴(りき 39歳)が店で倒れたとの急報を受けた平蔵(へいぞう 38歳)が、西丸の出入り口へ松造(よしぞう 33歳)を呼んでもらい、指示した。
あと、与(くみ 組)頭へ事情を告げると、牟礼(むれい)郷右衛門勝孟(かつたけ 享年64歳)がこころえて火盗改メ・贄(にえ) 壱岐守正寿(まさとし 43歳)の役宅への公用の通用状をわたしてくれ、
「次第によっては、明日、風邪につき休仕との届けをだしてもよろしい」
かしこまり、拝受した。
亀久町の家へ運ばれた里貴の枕元には、隣店の船宿〔黒舟] の女将・お琴(きん 39歳)がついてくれてい、
「奈々ちゃんは、使用人たちの差配があるので、お店をみてもらっています」
「かたじけない」
声に気がついたらしい里貴が、布団からゆっくりとだした手で、strong>平蔵のそれをもとめた。
にぎってやると、閉じたままの蒼白な目尻から涙を一筋もらし、
「すみません」
かぼそい声であった。
「与頭の牟礼老から、しっかり養生を、と伝言(ことず)かった」
その時、薬箱をもった従者をしたがえ、多紀医師の駕篭がついた。
急場に告げるのもなんだが、多紀医師の若妻・奈保(なお 20歳)は里貴の縁者であった。
【参照】2010年12月25日[医師・多紀(たき)元簡(もとやす)] (8)
脈をとり、瞼の奥をのぞき、鼻孔へ掌をあて、舌の色をたしかめ、ふとんに腕をいれて腹の張りぐあいをさぐった
元簡医師が、
「疲労と心労がかさなってのことと診立てました」
薬箱からいくつもの薬草をとりだして量をはかって混ぜ、矢立からの筆で、
[地黄(じおう)、茯岺(ぶくりょう)、山茱茰(さんしゅゆ)、山薬(さんやく)、沢写(たくしゃ)、牡丹皮(ぼたんひ)、桂枝(けいし)、附子(ぶし)、半夏(はんげ)、白朮(びゃくじゅつ)
さらさらとしたため、
「筆頭の八味で十分とおもいますが、念のために2味、足しておきました」
さらに、高貴薬の人参をそえ、
「こちらの10味と人参とは分けて煎じ、朝昼晩、食後小半刻(こはんとき 30分)してから服してくださいますよう」
元簡医師と入れ違いのようにして、御厩河岸の舟着きの〔三文(さんもん)茶房〕のお粂(くめ 42歳)と松造がやってきたので、別間で容態をささやき、
「お粂どの。しばらく〔季四〕の女将代理をやってもらえまいか?」
お粂は、里貴が一橋北で料理茶房〔貴志〕の女将をしていたときの女中頭であった。
「いや。永い間のことではない。こころあたりはあるのだ」
雑司ヶ谷の〔橘屋〕の女中頭師範のお栄(えい 51歳)をくどくまでだ、とことわった。
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コメント
たいへん。里貴さんがたおれた---となると、平蔵さんの裏のキャラが総出の感じで手助けにあらわれたんですね。
でも、多紀元簡は史実に実在した医学館の医師だし、書院番組の牟礼与頭も『寛政譜』が紹介されていたし---。
どのキャラが実在で、どのキャラが『鬼平犯科帳』のキャラで、だれはこのブログのキャラ---なんてことは詮索しないで、ただ楽しむことにしよっーと。
投稿: tsuta | 2011.07.27 05:46
平蔵にとっても、われわれ中年の鬼平ファンにとっても、理想の女性に近い里貴さん、これからも鬼平を支えてもらわねばなりません。ご全快をお祈りしています。
投稿: 文くばりの丈太 | 2011.07.27 09:29
>tsuta さん
そうですね。反省はしています。
でも聖典『鬼平犯科帳』は平蔵の42歳から50歳までの9年間に盗賊400余人、密偵40人、与力同心65、登場させています。
このブログは銕三郎3歳から平蔵39歳です。少々多いのは、大目にみててただけませんか。
投稿: ちゅうすけ | 2011.07.27 19:20
>文くばりの丈太 さん
ちゅうすけも、里貴の全快を心より祈っています。
投稿: ちゅうすけ | 2011.07.27 19:28