西丸・徒(かち)3の組(3)
「最初の、長谷川さまの組の徒士衆を〔東金(とうがね)屋〕へおまとめいただく案ですが、在来の蔵宿が札旦那(ふだだんな)にご迷惑をかけたというような場合には許されますが、長年、さしたる手落ちもなくあつかわせていただいてきて、突然、蔵宿替えということになりますと波風が立ちましょう」
〔東金屋〕清兵衛(せえべえ 40歳前)が首をかしげた。
清兵衛のいい分ももっともであった。
平蔵(へいぞう 40歳)が頭(かしら)となった西丸の徒(かち)3の組衆30人の給米を全部というと、70俵×30人=2,100俵だ。
蔵米受けとりと換金するための売側(うりがわ 蔵宿)の代行手数料は100俵につき3分(12万円)と定められていた。
徒士の年俸は70俵5人扶持であることはすでに記した。
そして、5人扶持は年になおすと26俵にあたることも。
【参照】2011年9月30日[西丸・徒(かち)3の組] (2)
廩米70俵に扶持米26俵を足すと、ほとんど100俵に近い。
徒士衆は本来なら、蔵宿に3分に少々欠ける代行手数料をはらえば、あとの売り上げ金は、自家の生活費にまわせる道理である。
しかし、道理どおりにいかないのが世の中でもある。
第一、蔵宿は正規の扱い手数料だけでやっていけない、というのは、100俵につき3分(12万円)のほとんどは蔵元の下請けをしている雑用掛りや荷運び船頭、力仕事など背負(せおい)と呼ばれる衆へ支払われるからである。
蔵元のうまみは貸し金の利息と、米の売買による差益によっていた。
それを産んでくれるのが札旦那である。
いってみると、札旦那---切米(きりまい)取りの幕臣は、金の卵を産みつづける雌鶏(めんどり)であった。
蔵宿を替えられるということは、雌鶏が逃げていくにひとしい。
「なるほど。蔵宿の妙味が失われるというわけか。ところで〔東金屋〕どのは、この家業が4代つづいてい、裏の裏にまで通じておられよう。そこで、妙手をお考えいただきたい」
心服している平蔵におだてられ、清兵衛ものった。
「こういう手があります」
蔵米の受けとり・売りさばきを組合にはいっている蔵宿がすべてをやっているわけではない。
たいした量ではないが、蔵前通りからはずれている米屋とか質屋が、落穂をついばむ鶏のように商っていた。
「そうした店を密かに何軒か手にいれております。組の徒士衆に、別かれてそれらの店へ札差し仕事を移していただきます。そのあと、時期をずらしながら〔東金屋〕へ集めます」
「さすがだ、〔東金屋〕どの!」
「手前は、新吉原で散財するかわりに、そういう店々へ金と人をばらまいてきました」
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コメント
天明2,3,4年の凶作の影響は、幕府の下級職臣にまでおよんでいたんですね。そうした中での組頭としての平蔵の問題解決の手腕、〔東金屋]の心服に助けられてのアイデア---かなりのものです。
投稿: 文くばりの丈太 | 2011.10.01 05:41
〔東金屋〕は実在の蔵宿です。
平蔵も実在した武家です。
アイデアマン同士を見合わせてみました。
投稿: ちゅうすけ | 2011.10.01 18:52