松代への旅(6)
平蔵(へいぞう 40歳)が松造(よしぞう 35歳)にいいつけて、宿場の酒店〔高沢屋〕で角樽をあつらえさせた。
「殿は、4年前に与板からの帰り、寄居の〔白扇〕がいたくお気に召していらっしゃいました」
「つまらぬことを覚えておるな。あれば、〔白扇〕でよい」
旅亭〔芝屋〕の勘定をすませ、奈々(なな 18歳)とお秋あき 19歳)の荷を預かってもらい、富士がみごとに見えるとすすめられた辻村はずれまで北行した。
蕨宿はそれほど大きくはない。
宿場としては10丁(900余m)、中山道ぞいの家並みは200軒ばかりだから、端から端jまで歩いても小半刻(30分)も要しない。
「家と家のあいだから、富士がはっきり見えるだけでも満足---」
奈々はそう喜んでいたが、堪能したのは昨夜の泊まりであったろう。
辻村の茶店で富士と真正面に対しながら昼餉(ひるげ)をとり、戸田にもやっている舟へ戻る奈々たちと別れた。
「蔵(くら)はん。なるたけ早うに戻ってきて---」
お秋や百介(ももすけ 21歳)の目も気にかけず、手をつかんでしばらく離れない。
「夏の富士さんは見たよって、こんどは雪を冠(かんむり)してはるところを見に来たいねんやわ」
浦和宿へは1里14丁(5km強)、陽が高いうちに、焼米でしられている白幡村へ達し、〔白幡(しらはた)〕の長兵衛(ちょうべえ 48歳)の家を訊いた。
生まれは白幡村だが、いまは浦和宿住まいとわかった。
【参照】2011年11月7日[月輪尼の初瀬(はせ)への旅] (6)
「過日は、愚息とその連れがおもいもかけずにお世話になり、お礼に参上つかまつった」
「〔音羽(おとわ)〕の元締の回状を粗末にはできんのですよ」
長兵衛が角樽を受けながら、恐縮した。
浦和泊まりとわかると、酒の支度をいいつけ、
「先日、〔音羽〕の元締のところへ顔をだしたら、〔化粧(けわい)読みうり〕を見せられ、浦和、大宮あたりでもかんがえられないかと尋ねたら、長谷川さまのお許しがあればと応えられ、お目もじの機会を待っておりやした」
呑みながら、熊谷と深谷、高崎の〔九蔵町〕の九蔵(くぞう 41歳)どんのところの若いのも重右衛門(じゅうえもん 58歳)元締のところで見習いにをしていると告げると、
「おんなでは見習えませんか?」
「そんなこともなかろうが---」
長兵衛には男の子がなく、上のむすめに婿をとったが、どうも香具師(やし)元締にはむかないようだと眉をひめ。
「下のむすめは18歳だがお転婆だが肝がすわっとりやす。おんな元締でもいいではないかとおもっているところで---」
〔音羽〕のところへ預けようかとかんがえていたところだといった。
「おんな元締というのもおもしろそうだ」
平蔵の笑みに決心がついたが、むすめを呼びにいかせた。
挨拶にでてきたお江(こう)は鼻筋のとおった十人並みながら、双眸(ひとみ)がきらめいてい、いかにもきかん気らしい面がまえのむすめであった。
「お江どの。〔化粧(けわい)読みうり〕というのは、空気を金に換える手だてのものだが、わかるかな?」
「おんなは昔から色気(いろけ)を金に換えとりょうります。手でつかめないものに値打ちをつけることは、子どものときからこころえとります」
「頼もしい。長兵衛どん。掘りだしものだわ」
本陣・〔星野〕で湯に浸(つ)かっていると、
「お背中の垢こすりをしましょ」
素裸で入ってきたおんながいた。
さらしている黒々とした局所、細くしまった胴、ふくれた乳房、小さくて淡い桃色の乳頭---
その上の笑顔の主は、お江であった。
「これは面妖な。浦和の狐は18のむすめに化けるのか---」
「掘りだしものが、お礼に参じjました」
「お父ごはご存じかな---?」
「親にいちいち相談をかける齢は、すでに過ぎておりょうります」
「お出になり、背中をこちらにお向けになさんせ---」
腰おろしに手桶の湯をかけ、ぼんとたたいて招いた。
平蔵も仕方なく、前をかくさずに湯桶から出た。
さいわい、股間(こかん)のものは興奮していなかった。
ねじった手ぬぐいで背中をごしごしこすりはじめ、
「垢がおもしろいみたいに落ちよります。半分はおんな垢--」
「そうかもしれん。今朝まで、18歳の情人(いろ)といっしょであった」
意外な腕の強さで、お江が左手で肩をおさえてくれていなかったら、腰おろしからずり落ちるかもしれないほどの
力であった。
「本陣には、なくんといって通ってきた---?」
「江はこれでも、〔白幡〕の妹むすめとして顔が売れております」
「なるほど、肝っ玉がすわっておるおんな元締だ」
こすっては手桶に湯を汲んで流すので、そのたびにお江の張りつめた前腹が平蔵の腕に触れた。
こすり終わって向きあうと、
「長谷川さま。垢こすりに湯がかからないように裸になったついで、ひと浴(あ)びさせてもらいます」
さっさと湯舟に沈んだ。
手持ちぶさたの平蔵が後ろ向きに前をこすりはじめると、
「お恥ずかしがらないでこちらを向いてお洗いなさんせ。それとも、私が見てはいけないものでも---」
「それはない---」
平蔵も意地になって前をさらした。
「10歳まで、父と共風呂をしよりました」
湯桶のふちに腕をそわせ、顎をあずけて平蔵のものに視線をおとしながら、
「父は40歳でしたが、長谷川さまはいまは---?」
「40歳だが---?」
「あのころの父のものより、ご立派---」
「馬鹿な比較をするでない」
「父は触らせてくれました」
「お江どのが10歳の稚児であればな。しかし、18歳の艶(えん)な女性(にょしょう)に育っているいまだと、無事におさまるはずがない」
お江が嬉しそうに双眸(りょうめ)を細めた。
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