松代への旅(7)
「つくりごとではなかったのですね、18歳のお方と今朝までごいっしょだったというのは---」
単衣(ひとえ)だから躰の線がうかがえる着物をきちんつけたお江(こう 18歳)が頬を染めながら酌をした。
湯上りの乙女の色気が匂っていた。
「奈々(なな 18歳)という名のむすめでな。奈々がきていなかったら、危ないところであった---」
「危なくてもおよろしかったのに---でも、父に[掘りだしもの]といってくださって、ほんとうにうれしかった」
「乙女の徴(しる)しは、ほかの男のためにとっておくことだ」
「案外、つまらない男に摘(つ)まれたりして---」
「お江どのほどの賢くて肝がすわっておるおなごが、ドジを踏むはずかない」
「長谷川さま。また、嬉しがらせをおっしゃいます」
「ほん音(ね)だ。ひと目でわかった」
酌を返し、
「〔化粧(けわい)読みうり」は表向きの理由(りくつ)であってな、ほん音(ね)は街道の元締衆の連絡(つなぎ)というか、うわさと本筋をすばやく伝えあえる裏の筋がほしい」
「なんのために---?」
平蔵(へいぞう 40歳)はじっとお江の双眸(ひとみ)をのぞきこむように瞶(みつ) め、
「世の中がいまのままでいいとおもうか? われはお上から禄を頂戴している身だから大きなことはいえないが、勝手元(財政)がきつくなったからといっては天領の村々からとりたてるだけのご政道はどこか間違っておるとしかいいようがない」
(若いおなごを相手にオダをあげておるわい)
はにかみながら酌をうけた。
「長谷川さま。先刻の話で、江はまもなく江戸の〔音羽〕の元締の許へ修行に出向きます。長谷川さまのお屋敷を訪ねていいですか?」
「いいとも。われの家には、13歳で子をはらませた息子とその嫁ごがおる。嫁ごは8つ齢上だがな」
「存じております。若い者頭の万吉(jまんきち 24歳)から聴きました。きれいな尼ご寮さんとか---」
「還俗し、いまは於芳(ゆき)となっておる」
「ものわかりのおよろしいお父ごですこと」
「おんなにだらしない父ごでもある」
「でも、私にはだらしなくなかった---」
「それを申すな。お父ごにあわす顔がなくなっては困る」
「裏の連絡(つなぎ)筋のために---」
こころよいじゃれあいであった。
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コメント
[化粧読みうり]が平蔵が自由に使える金を生み出すためという秘策であったこと、そのお披露目枠をあつかえことで香具師の元締たちにも利益をあたえることまでは、これまでもときどき言及されていました。
今回は、裏の情報ネットワークが目的だとお江にもらしました。
火盗改メに指名されるステップをまた一段あがりました。
お江の協力がこんご楽しみです。
投稿: 文くばりの丈太 | 2012.01.26 05:10
お江が江戸表へやってき、「AKB48」的、「少女時代」的なおんな密偵団でも組織し、おまさをお頭にいただいて奮闘してくれると、鬼平も助かるんですがね(冗談でなく)。
投稿: ちゅうすけ | 2012.01.26 13:59